日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。 『ドイツ・イデオロギー』
070718
■ [memo][keywords] 性奴隷という言葉のニュアンス

hizzzさんの考察: 米国での「性奴隷(sex slave)」の歴史的経緯
この時の中国人女性の立場を「性奴隷(sex slave)」と表している英文は多い。「The Page Law, sex slave, 1875」での検索結果は約535,000件になる。ビクトリア・サンガーが産児制限を唱えはじめるのは1914年になるが、「白人」女性の地位向上の裏で社会運動家にとってもの言わぬ(無論それは言葉の壁もあって「言えぬ」でもあるのだが)中国人女性イメージは「性奴隷(sex slave)」に結びついたのである。女性たちは中には渡米の自己意志を持って来たり全て無給売春をしていた訳ではないが、両国の幾重にも重なった周囲により性的に支配された不本意状態におとしこめられていた。これが、「性奴隷(sex slave)」の語源で、おおよその意味するところではないだろうか。
やっしゃんさんのエントリー
慰安婦は性奴隷(sex slave)で間違いないと思いました
http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-103.html
山木さんのエントリー
性奴隷(sex slave)とは、タダ働きのことなのか?
http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070717/p1
追記・関連エントリー
日本の私立大学教授キンモスさんの「日本の慰安婦を奴隷と描写することは不適切」という発言に関連するエントリー。キンモスさんの意見は「目下のアメリカ人の”奴隷”にたいする語感(奴隷貿易の奴隷)は、慰安婦の実態と差がある」と言う点から「不適切」という発言。まあ、だったら現代的な定義に基づいて説明しそれを世に広めて欲しい、と私は思う。教育者だろ。
http://d.hatena.ne.jp/pr3/20070625/1182768444
http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-202.html
本サイトの掲示板。
http://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/1/1
■ [memo][link] "なかった派"の言論が変容しつつある?

"なかった派"の主張といえば、「強制連行は事実ではない、あれはただのカネに目のくらんだ売春婦だった、戦地の売春婦だったらどこの国だってやっているではないか」ということだったのだが、こうした事実関係の”真実”を知ってくれという"The Facts"ワシントンポスト広告に代表されるような主張が、方向転換しはじめたように思う。実はその彼らが主張する”事実”があまりに根拠薄弱だということが、”事実”を補強しようと少々調べるうちにうすうすわかりはじめたのではないか。さらには”広義か狭義か”という牽強付会な土俵が米国ではどうやら土俵にならない、ということに気がついたのかもしれない(それにしても彼らの米国を窺う上目遣いは実に見苦しい)。こうしたことから彼らにとって過去の検証は不利なものとなりつつあるのだろう。不利となればだんまりを決め込みなかったことにするというのが彼らの一般的な姿勢である。
どのように言論の内容が変わりつつあるか、と私がみているかというと、過去はともかくも現在の日米関係に亀裂をもたらすから採決はやめたほうがいいんじゃない?という恫喝型の言論になりつつある、ということだ。あるいは、慰安婦という過去の罪悪と、現在の外交を言外に天秤にかけさせよう、という試みでもある。あるいは歴史問題から外交問題へ。慰安婦問題から日米問題へ。
このような変化の理由はいくつか考えられる。まず広告"The Facts"が見事な自爆に終わったということ。私にいわせれば、あのように夜郎自大な文面と内向きな自撫妄想、その自撫のために歴史の被害者を愚弄する行為が嘲笑と軽蔑の的となるのは、あまりにも当たり前である。それを”情報戦”と称して意気軒昂だったものの、自爆の結果がとても意外だったのだろう。「欧米ではなによりも主張することが大事」、という英語さえ喋ればエライといったたぐいのコンテンツ度外視のマニュアル型思考である。同時に、イノウエ上院議員が、慰安婦決議案の採決が外交のデメリットである点を強調した反対声明を出したということと、日本の大使が下院メンバーに送った書簡も同様に現外交の状況に限ってクレームをつけた、という点があげられる。問題設定という根源的な批判力をもたぬ”なかった派”の主張は今後はこうした路線に右ならえで展開することになるように思える。
窮鼠日本、アメ噛み@Stiffmuscleの日記
http://d.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20070718/p1
第53回 慰安婦決議案に毅然と反対するイノウエ氏 (日経BP)
こちらで知ったのですが、三浦さんのところで
"the UNHCR definitions of slavery defined by the 1926 Slavery Convention"を資料として収集しておられますか?
”奴隷状態の定義”に掲載しているマクドゥーガル報告書の定義自体の冒頭が
27.1926年の奴隷条約において、奴隷状態の最初の包括的な定義が明記され、その定義は現在も広く認められている。1926年の奴隷条約を引用すれば、『奴隷状態とは、所有権を伴う権力の一部もしくは全部が一個人に対して行使されている状況もしくは状態である』(訳注1)と解釈するべきであり、レイプなどの性暴力の形態による性的接触を含む。
o 訳注1 1926 Slavery Convention (http://www.ohchr.org/english/law/slavery.htm) Article 1 (1) Slavery is the status or condition of a person over whom any or all of the powers attaching to the right of ownership are exercised.
とはなっていますが、この奴隷条約自体は掲載していません。ちょっとみてみましたが、翻訳はみあたらず、翻訳して公開するのはよいアイデアだと思います。なお、ダニエル・スタージャンさんの意見、読みましたが現時点での解釈として、まっとうだと思いました。キンモスさんの意見は、こうした20世紀後半の成果を考慮していない見方ですね。
このグループの掲示板 http://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/1 にも書いたことがありますが、アメリカやヨーロッパにおいては、white slaveという言葉が19世紀半ばから使われています。だいたいが人身売買や誘拐などで女性を拘束し、売春を強制させること、およびそのようにして売春を強制させられた(主として白人の)女性をさす言葉でした。最初は白人の若い女性のことが社会問題となったので、そのような(白人の)女性のことを(黒人の)奴隷になぞらえてwhite slaveとよんだのです。
1910年にアメリカでWhite-Slave Traffic Act という名の法律が制定されました。これは売春に従事させる目的で婦女を売買あるいは誘拐、略取することを禁じた法律であり、提案者の案をとって、Mann Actと呼ばれています。その名が示すように、この法律で連邦政府は、white slaveを禁止したわけです。
さらに、white slaveは国際条約においても使用されています。1910年に締結された「醜業を行わしむる為の婦女売買取締に関する国際条約」の英語名はConvention for the Suppression of the ”White Slave Traffic”でした。「醜業を行わしむる為の婦女売買」=”White Slave Traffic”だったわけです。
kmiuraさんが紹介されたhizzzさんの「性奴隷の意味」で指摘されているように、
http://d.hatena.ne.jp/hizzz/20070718
婦女売買(women traffic)によって売春を強制させれられる女性の人種がひろがり、しかも社会問題として認識されるようになってくるにつれ、white slaveがsex slaveに変化したのだと思われます。だとすれば、sex slaveは、歴史的にみて、黒人奴隷制ではなくて、「強制売春」と密接に関連した言葉と言わざるをえません。
ところでwhite slaveの用例をもう一つあげておきましょう。みなさんご存知のRAA、すなわち戦後日本がアメリカ占領軍のために設けた「特殊慰安施設」で、サンケイの古森義久記者が米軍の命令で設置されたと誤報した、例のあれに関するものです。
古森記者のお仲間の阿比留瑠比氏はそのブログ「国を憂い、われとわが身を甘やかすの記」の2007年05月06日の記事で、このRAAについて言及し、1997年08月15日の産経新聞東京朝刊1面に掲載された石井英夫記者の「ヨコスカ白昼夢のころ」というコラム記事を引用しています。その石井氏の記事には、次のような一節があります。
「“世界最大の売春トラスト”とシカゴサン東京特派員のマーク・ゲインが呼んだ「特殊慰安施設協会」(RAA)が誕生したのは八月末である。それより早く八月十八日、内務省警保局長から各府県の担当者あてに「進駐軍慰安施設について」と題する秘密指令が発せられていた。」
http://abirur.iza.ne.jp/blog/day/20070506/
当時日本に特派されていたシカゴサンのマークゲイン記者は、RAAのことを“世界最大の売春トラスト”と呼んだと記されています。
ところが同じマークゲインの指摘は、別のブログでは、このように記されています。
「〈ニッポン日記〉=昭和二十六年刊=でマーク・ゲインが「世界最大の白奴隷トラスト」と呼んだRAAの銀座本部」
これは、qssoさんの「すさまじきものにして見る人もなきブログ!」の2005-05-31のエントリです。http://tesso.exblog.jp/1979753
つまり、「世界最大の売春トラスト」と「世界最大の白奴隷トラスト」は等価の関係にあります。では、原文はどうなっているのでしょうか。Mark Gayn Japan Diary, Charles E. Tuttle Company, 1981 では当該部分は、
"the Recreation and Amusement Association (RAA), the world's biggest white-slave traffic combine"
です(p.232)。
つまり、阿比留氏が“世界最大の売春トラスト”と理解しているものを、マークゲインその人は"the world's biggest white-slave traffic combine"と書いていたわけです。
サンケイの古森・阿比留両氏によれば、日本軍の慰安所も米軍向けのRAAも、性格的には同じものであったはずです。ですので、RAAが"the world's biggest white-slave traffic combine"ならば、同様に、日本軍慰安所も"white-slave traffic combine"と呼んで何の不思議もないということになるはずです。日本語で書けば、日本軍慰安所は、「白奴隷トラスト」だということになります。
その古森・阿比留両氏(および彼らと同意見の「日本軍慰安所=戦地公娼制度」論者)が、日本軍慰安所は性奴隷制だという主張に反論するのは、論理的にはまったく一貫しないというべきでしょう。
www.kufs.ac.jp/English/faculty/sakamoto/s_amhistory4.doc
でよいでしょうか。
the UNHCR definitions of slavery defined by the 1926 Slavery Convention とは、
http://www.ohchr.org/english/law/slavery.htm で宜しいのでしょうか?
(間違いなければお答えには及びません)。
http://www.unhchr.ch/html/menu3/b/f2sc.htm
条約の文面は同じですが、こちらのほうは前文の部分がオリジナルで、
先のURLの方は戦後の改定のことなどが書かれています。
> http://www.unhchr.ch/html/menu3/b/f2sc.htm
条約の文面は同じですが、こちらのほうは前文の部分がオリジナルで、
先のURLの方は戦後の改定のことなどが書かれています。』
1930'sにワープしてものを考える際にはこちらを参考にします。
目の方は大丈夫ですか?などと余計な心配かもしれませんが、以前調子が悪い、といっていたので。
>ni0615さん
この奴隷条約は、キーワードにしておいた方がいいかもしれませんね。マクドゥガル報告書はそもそもこの条約に依拠して従軍慰安婦の犯罪性を論証している、という点がポイントなので。もし翻訳される、とかでしたらお手伝いします。