2014-09-22【追記あり】池田センセイ、永井和はウェブサイトに「そんなこと」を
■ 池田センセイ、永井和はウェブサイトに「そんなこと」を書いていますよ!

世界から、日本軍が慰安所なるものを設置・運営して、深刻な人権蹂躙を行っていたこと自体を非難されてる時に、「いえ、家に押し入ったり銃剣突きつけたりした証拠ないですから!業者使って欺して連れてきただけですから!」と胸を張るのは何なのか?理解力がないのか、人権感覚が狂ってるのか。
https://twitter.com/intent/favorite?tweet_id=512776686882934784
と記したところ、
池田信夫氏がブログで次のように批判した。そこで、なぜか私の論文のことを引き合いに出しているので、一言しておきたい。
これもうんざりする古い嘘だ。「業者使って欺して連れてきただけですから!」などと言っているのは、彼のように理解力も人権感覚もない小説家だけだ。彼の参照している永井和氏のウェブサイトにも、そんなことは書かれていない。彼は吉見氏と一緒に「広義の強制」を宣伝した仲間だが、プロの歴史家なので、平野氏のように妄想を書いてはいない。
http://blogos.com/article/94907/
誉めていただいたのにはなはだ恐縮だが、池田氏の評価基準からすれば、私も平野氏に負けないくらい「理解力も人権感覚もない」「妄想を書いている」歴史家であることになる。なぜなら、以下に引用するように、平野氏と基本的に同じことを主張しているからである。
該当箇所を、池田氏がリンクをはっている私のウェブサイトから引用しておきたい。
なお、慰安所と軍の関係について自分自身の考えをあらかじめここではっきりさせておくと、私は、慰安所とは将兵の性欲を処理させるために軍が設置した兵站付属施設であったと理解している。その点では吉見と同じ考えに立っており、これを民間業者の経営する一般の公娼施設と同じであるとして、軍および政府の関与と責任を否定する自由主義史観派には与しない。もっぱら「強制連行」の有無をもって慰安所問題に対する軍および政府の責任を否定せんとする彼らの言説は、それ以外の形態であれば、軍と政府の関与は何ら問題にならないし、問題とすべきではないとの主張を暗黙のうちに含んでいるのであり、慰安所と軍および政府の関係を隠蔽し、慰安所の存在を正当化するものと言わざるをえないからである。
なおこれに関連していえば、「軍慰安所で性的労働に従事する女性を、その本人の意志に反して、就労詐欺や誘拐、脅迫、拉致・略取などの方法を用いて集めること、およびそのようにして集めた女性を、本人の意志に反して、軍慰安所で性的労働に従事させること」をもって「慰安婦の強制連行」と定義してよいのであれば、たとえ軍が直接に手を下したり、命令を出したりしなかったとしても、右にあげた例のように、組織的に「見て見ぬふり」をしていた場合、すなわち軍から慰安所の経営を委託された民間業者やそれに依頼された募集業者が詐欺や誘拐によって女性を軍慰安所に連れてきて働かせ、しかも軍慰安所の管理者である軍がそれを摘発せずに、事情を知ってなおそのまま働かせたような場合には、日本軍が強制連行を行なったといわれても、それはしかたがないであろう。
http://nagaikazu.la.coocan.jp/works/guniansyo.htm
念のために書いておくと、池田氏の上記のブログの言説は、「もっぱら「強制連行」の有無をもって慰安所問題に対する軍および政府の責任を否定せんとする言説」の一例であり、それを批判するために、私は上記の論文を書いたのである。
池田氏も、先に紹介した読売新聞の記者と同じで、自分が読みたいものしか読まない人であるらしい。ついでに言えば、文章表現力もちょっとおかしい。平野氏を「「業者使って欺して連れてきただけですから!」などと言っている」と表現するのは、明らかに言葉足らずで、池田氏の言いたいことを正しく理解するには、読み手が言葉を補わなければいけないだろう。
さらに蛇足だが、池田氏は上記ブログで、「河野談話」により日韓間の「慰安婦問題」には最終的決着がつけられた(だから日韓間に「歴史問題」など存在しない)と主張している。とすれば、池田氏にとっては「河野談話」は死守すべきでもので、その撤回などとんでもないということになると思われるのだが、はたしてそれでいいのだろうかと、他人事ながら心配になる。
【追記】
上記の池田氏のブログ(2014年09月20日)の前日(2014年9月19日)に、池田氏がTwitterに次のようにつぶやいているのを最近になって知った。
https://twitter.com/ikedanob/status/513174238946410496
永井和氏は吉見義明氏と同じ「広義の強制」派。彼のいう「軍の関与」について、日本政府がすでに認めて謝罪したことを知らないようだ。22年前の史実を知らない歴史家って何なの?|日本軍の慰安所政策について http://ow.ly/BIaQq」
私のいう「軍の関与」と池田氏の認めている「軍の関与」とでは、中味がかなりちがうのだが(それゆえ日本政府と軍部が負うべき責任の性格についての理解も異なってくる)、それはひとまずおくとして、私の論文へのポインタを提示した上で、
と書く池田氏は、私の理解をこえている。他人を誹謗中傷するにしても、もう少し簡単に馬脚があらわれないように工夫すべきだと思うのだが、そういう配慮もないのだろうか。
池田氏が紹介してくれている「日本軍の慰安所政策について」のはじめのところで、私はこう書いている。
所謂「従軍慰安婦論争」は、(略)そして政府調査結果をふまえてなされた日本政府の謝罪と反省の意志表明といった、一連の動きに対する反発、反動としてとらえることができる。
残念ながら、私は論文を書いた時点で、日本政府が謝罪した「22年前の史実」を知った上で書いているのは明かである。自分がポインタを示した先の論文を読者が読めば、すぐにバレるような嘘を吐いて、他者を非難する池田氏って何なの?とこちらが聞きたいくらいである。
なお、池田氏は「強制連行否定論者」ではあるが、「軍の関与」およびそれによって生じる日本政府の「道義的責任」は認めており、日本政府が被害者である元慰安婦に謝罪したのは当然のことであったという認識つまり「河野談話」の正当性を認め、それを堅持すべきとする立場(言葉を換えれば、「河野談話」とアジア女性基金の「償い金」ですでに「慰安婦問題」は解決済みであり、それ以上の譲歩(謝罪や賠償)は一切すべきでないという立場)に立っていることが確認できたのは、ある意味で収穫であった。
その点で、池田氏は「河野談話」そのものを否定し、撤回すべきとする論者とは異なるわけである。でも、これは「強制連行否定論者」の二面性、いっぽうで強制性を認めたとして「河野談話」を非難し、同時にこれで謝罪はすんでいるとしてタテにとる、その二面性のあらわれにすぎないのかもしれない。安倍首相だって、橋下市長だって、「道義的責任」は認めているわけだから。