73:
zames_maki
65
李英哲の朴裕河批判
李英哲(朝鮮大学校教員)・・雑誌・週間金曜日「読み方注意!:政治家のお詫びが謝罪とされ事実化」
過去の暴虐の歴史における被害者、加害者間の真の「和解」とは、真相究明による過去の共有と責任所在の確定、謝罪と補償、再発防止、教育など、具体的な行動を伴ってこそかろうじて可能になる。
2006年に刊行されこのたび大仏次郎論壇賞を受賞した本書が唱える「和解」とは、これらのプロセスをまるで抜き飛ばした、浅薄な歴史認識と虚妄のロマンティシズム、また何より被害者を一層貶め、真の和解をめざすたたかいを阻む論理に満ちている。
本書は歴史教科書、旧日本軍「慰安婦」靖国問題、独島(「竹島」)問題という「日韓」間における焦眉の問題を論じているが(因みに「日朝」は予め認識にすらない、従って著者の歴史認識には、植民地主義への批判はおろか、朝鮮現代史を規定する分断構造というファクターが見事に欠落している)、基本的な事実関係の誤認、論理上の誤謬を数え上げればきりがない。
独島占有権を巡り日韓の共有地にという絵空事を唱える後ろでは、両国の主張を双方逆に取り違えるなど、粗雑過ぎる事実認識を露呈する。
靖国神社を他国の国家追悼施設一般と無前提に同等視し小泉元首相の靖国参拝を「謝罪」の参拝だと「信頼」する無根拠ぶりもひどい。そもそも「日本側」「韓国側」なる曖昧な用語でその「主張」を恣意的に一元化して代表させ「日本側」=実際上の政治家のうわべの「お詫びと反省」発言のみを肯定し、「韓国こそ反省すべき」とする論理の立て方は、著者自身が批判する「本質主義」そのものだ。
政治家の「お詫び」(公式に「謝罪」という言葉は使われていない)を「サジェ(謝罪)」と朝鮮語訳し、さらに「謝罪」と再日本語訳してあたかも謝罪を事実化する、翻訳のポリティックスに無頓着な著者の日本文学研究者としての良識自体疑わしい。被害と加害を同列化する、かくも免罪符的な「和解」論に小躍りする同賞選考委員の言葉が空しい。真の和解はいまだ遠い。そして、たたかいは継続されなければならない。
- └
73李英哲の朴裕河批判
zames_maki
2008/04/13 19:12:55
李英哲(朝鮮大学校教員)・・雑誌・週間金曜日「読み方注意!:政治家のお詫びが謝罪とされ事実化」 過去の暴虐の歴史における被害者、加害者間の真の「和解」とは、真相究明による過去の共有と責任所在 ...
返信