By the regulation of 15 March 1943, the Burmese rupee continued to be legal tender, as a Japanese tactic to win local support, but the rupee was inconvertible into pound sterling. Limited amounts of (Burmese) Indian rupees were apparently accepted by the Japanese at 4 (Burmese) Indian rupees = 1 Japanese military rupee. (中略) The British demonetized Japanese occupation currency on 1 May 1945. The market exchange rate had fallen to 100 Southern Development Bank rupees = 1 Indian rupee.
By the regulation of 15 March 1943, the Burmese rupee continued to be legal tender, as a Japanese tactic to win local support, but the rupee was inconvertible into pound sterling. Limited amounts of (Burmese) Indian rupees were apparently accepted by the Japanese at 4 (Burmese) Indian rupees = 1 Japanese military rupee. (中略) The British demonetized Japanese occupation currency on 1 May 1945. The market exchange rate had fallen to 100 Southern Development Bank rupees = 1 Indian rupee.
ここまでで、あなた方の勘違いがよくわかりました。
現実は、
南発券(ここでいう軍票。外地の円、ここではルピー表示にしますね。ドルでもいいですが。)1ルピー=内地の円(1円)
です。
今から説明しますのであせらないでお待ちください。
例えば、内地に家族を持ち、外地(占領地。この例えでは、ビルマにしますね。)で20円の給料をもらう兵隊さんがいたとしましょう。
この兵隊さんは、内地の家族にお金を与えるため、内地(ちなみに、内地とは、現日本領土です。朝鮮半島は内地ではないですよ?)の家族に15円の給料を日本銀行券(円表示)で貰い(一円札なら15枚)、
自分は外地で働いているので、5円分の軍票(南発券。ルピー表示)=5円分の日本銀行券と同価値=1ルピー表示の南発券なら5枚 を、自分の使うお金として貰っておりました。
慰安婦の方々も、外地で軍票(南発券。ルピー表示)による給料を貰っておりました。
あなたのいうルピーやダラーというのは、表示単位のことで、「支払いが軍票(南発券、ないしは軍票ダラー)であった」ことに対しては、私と同意権です。
そもそも、軍票=南発券=南方開発金庫券を発行する目的は、占領した地域の元貨幣の代わりに、自国の貨幣である軍票=南発券を使用するためです。
よって、わかりやすくたとえで言うと、(あくまでも数字は例えです。揚げ足取りはいりません)
日本占領軍:この地域(ビルマとしますね)は日本が占領したので、元現地通貨(ルピー表示)の変わりに軍票=南発券=金庫券を使用します。なお、軍票と元現地通貨のレートは1:1です。大根一本は軍票1ルピー(南発券=内地の日本銀行券1円)=元現地通貨1ルピーにします。
日本占領軍:元現地通貨は敵兵の使用していたものです。今は、日本の占領地にあるので早く軍票に替えてください。私たちが軍票=南発券で大根を10000本買いますので、このお金を基にしてこれからは買い物をしてください。
地元の人A:そうなのですか!これからは軍票を使用します。
地元の人B:えー?急に言われても・・・。まだ、元現地貨幣も使えるのでこのままでいいですよー。
しばらくして
日本占領軍:レートが変わりました。大根一本は軍票1ルピー(南発券=内地の日本銀行券1円)=元現地通貨2ルピーにします。早く軍票を使用したほうがお得ですよー。
地元の人B:うわ!早く替えないと!損する!
地元の人C:えー?替えたくありませんよー。
日本占領軍:レートがまた変わりました。大根一本は軍票1ルピー(南発券=内地の日本銀行券1円)=元現地通貨4ルピーにします。早く軍票を使用したほうがお得ですよー。
地元の人C:え?すごい損するじゃないですか!替えますよ。
このたとえ話を理解し、あなた方の提示する資料以下(ここではドルですが)
「シンガポールの物価指数は開戦時の1941年12月を100とすると翌年12月には352、44年12月には1万0766、45年8月には3万5000と350倍になっている。特に米は開戦時、60キロが5ドルだったのが、45年6月には5000ドルと一千倍にもなっている。」
を解釈すると、
1ルピー軍票(内地日本銀行券1円)=1000シンガポールドルとなります。
その証拠は、あなたのこの資料が「ドル表示」だからです。この文章の前までは円表示でしたのに、円表示→単位なし→ドル表示と見事なトリックが使用されております。
騙されても仕方ありません。
また、戦時中どこでも起こる軽度のインフレ(物資が乏しいため)は起きているでしょう。
しかし、それは軍票の発行とは関係ありません。
何故なら、インフレが起きるのは、過剰な貨幣が市場に出回るからです。
この例えの場合、軍票と元現地通貨の二種類が市場に出回っておりますが、軍票が出回るに連れて、元現地通貨の貨幣価値はどんどんなくなっていってます。
よって、元あった流通通貨の量はさほど変わらないのです。
例えば、元貨幣で1000億円の流通があったと仮定すると、占領後は、1000億円の軍票+価値が1/1000の元現地貨幣(1億円相当)=1001億円の流通量となります。これも理解してください。
なお、慰安婦さんの給料は1ルピー軍票(内地日本銀行券1円)で支払われました。その証拠は、郵便局に「円」で貯金されているからです。
私の、ni0615さんへの返答をよく読めば、あなたの疑問は全て解決すると思われます。ni0615さんも、同じ考え方だったので。
あなたの各文章には、あなたの投稿が終わった後で間違いなどを指摘しますね。
うーむ、どこから説明したらいいのか。軍票でもインフレはおこります。というか、日本の軍票がインフレを起こした、というほぼ規定となっている歴史的事実を反証するのはムダです。小林英夫著『日本軍政下のアジア -「大東亜共栄圏」と軍票-』にしても新書ですが、読んでみたら論証してあるでしょう。ぜひアマゾンで買ってください。本当にいろいろ知りたいらしいことがわかりましたが、まともな本を読む必要があるように思います。もし学生でお金がないのだったら、はてなポイントで差し上げてもいいです。
日本の軍票がだぶつく様子は、ビルマにおける戦前戦後のビルマ・ルピーと日本の軍票(軍票ドルおよびその後継である南発券)の交換レートからもわかります。
By the regulation of 15 March 1943, the Burmese rupee continued to be legal tender, as a Japanese tactic to win local support, but the rupee was inconvertible into pound sterling. Limited amounts of (Burmese) Indian rupees were apparently accepted by the Japanese at 4 (Burmese) Indian rupees = 1 Japanese military rupee.
(中略)
The British demonetized Japanese occupation currency on 1 May 1945. The market exchange rate had fallen to 100 Southern Development Bank rupees = 1 Indian rupee.
http://www.globalfinancialdata.com/index.php3?action=showghoc&country_name=Myanmar
これは、世界の通貨の歴史を詳述したサイトからの引用です。
なお、シンガポールの例は”傍証”です。日本の軍票がどこでもインフレを起こした、ということで。
あと、国会の議事録も検索してみてください。
ところで、このコメントは前日分のインフレに関する項に対するコメントではないでしょうか。
時間が無いので一言だけ、この、
http://www.globalfinancialdata.com/index.php3?action=showghoc&country_name=Myanmar
これは、世界の通貨の歴史を詳述したサイトからの引用です。
は、本当にこの事例を出していいのですね?確認です。後で恥をかけばかわいそうなので。
いくつか確かめたいのですが
1、 『軍票が出回るに連れて、元現地通貨の貨幣価値はどんどんなくなっていってます。』
これには根拠(出典、あるいはリファレンス)がありますか。あるいはなんらかの状況に基づく推測でしょうか。
2、『なお、慰安婦さんの給料は1ルピー軍票(内地日本銀行券1円)で支払われました。その証拠は、郵便局に「円」で貯金されているからです。』
本文で私が引用した国会議事録にあるように、軍事郵便貯金が内地の円に換算されたのは、終戦後です。それまでは、いわば円(南発券)というカッコつきだった、ということが議事録からわかります。
小林英夫 『日本軍政下のアジア -「大東亜共栄圏」と軍票-』
>>
その後、軍票の発行枚数が飛躍的に増える。東南アジアの各地で用いられてきた南洋開発金庫券の発行高は、1942年12月でおよそ4.6億円であったが、終戦を迎えた1945年8月時点で194.7億円にまで膨れ上がっていった。となると当然、インフレが発生する。同書が引用している資料によると、開戦時の1941年12月を100とすると、終戦時(1945年8月)の物価はおよそ50,000弱、つまり500倍のハイパー・インフレ状態だった。1円だったものが、4年弱で500円近くになったことになる。軍票の価値は500分の1になったというわけだ。
<<
http://uiam.at.webry.info/200705/article_21.html
とあります。
では、あなたの出した資料を見ていきましょう。
By the regulation of 15 March 1943, the Burmese rupee continued to be legal tender,
as a Japanese tactic to win local support, but the rupee was inconvertible into pound sterling.
Limited amounts of (Burmese) Indian rupees were apparently accepted by the Japanese
at 4 (Burmese) Indian rupees = 1 Japanese military rupee.
(中略)
The British demonetized Japanese occupation currency on 1 May 1945.
The market exchange rate had fallen to 100 Southern Development Bank rupees = 1 Indian rupee.
http://www.globalfinancialdata.com/index.php3?action=showghoc&country_name=Myanmar
英語はわかるのですが、一応、エキサイトで訳すと、
1943年3月15日の規則で、ビルマのルピーは、地方のサポートを得るために日本の戦術として法定貨幣であり続けましたが、
ルピーはポンド貨に引換え不能でした。 明らかに(ビルマ)のインディアンのルピーの数量限定を日本の軍事の1
4時の日本(ビルマの)のインディアンのルピー=ルピー受け入れました。
中略
イギリス人は1945年5月1日に日本の軍票に資格を失わせさせました。
市場為替レートはインディアンの南部の100Development Bankルピー=1ルピーに落下しました。
になりました。
●私が簡単に訳す+時系列を入れて注釈もつけると・・・
1943年3月15日(昭和18年)日本の軍票の1 =インディアンルピー(元現地通貨)4
日本の占領中。日本が軍票を通貨にし、元現地通貨の価値1/4に激減。
↓
1945(昭和20)年ビルマ国軍離反 3月17日、日本軍撤退
イギリスがビルマを占領
↓
1945(昭和20)年5月 日本の軍票100=インディアンルピー(元現地通貨)1
イギリスから見ると日本の軍票は敵国貨幣なので廃止させ、日本軍票の価値1/100に激減。元現地通貨復活。
私の上記の主張とどこが矛盾するのか、教えていただきますか?
イギリス占領下で、日本軍の軍票がだぶつくのは当たり前と思われますが?
これがインフレですか?
※また、1945(昭和20)年8月以降は、アメリカが日本を占領しています。
日本の軍票も日本の銀行券も価値が激減したのは当たり前です。アメリカから見れば敵国の通貨ですから。
>同書が引用している資料によると、
どのような資料ですか?きちんと、円ベースで書いてあるのですか?
前の書き込みのようにドルではないのでしょうね?
資料の提示を求めます。
1、過去形のdemonetized に対してThe market exchange rate had fallen toは過去完了ですね。より過去から現在に近いその過去に向けて、と読むのが正しいでしょう。そんなわけで1945年5月1日にがくっと下がったわけではないこと、おわかりでしょうか。
2、岩波新書は日本ならば簡単に手に入ります。ご自分で見てください。
>(lunakkoさん)私の、ni0615さんへの返答をよく読めば、あなたの疑問は全て解決すると思われます。ni0615さんも、同じ考え方だったので。
:
私がかねがね疑問だったのは、慰安婦のお姉さんがたの持っているルピーの軍票(南発券)がどうして、軍事郵便貯金で日本円兌換の貯金になるのか、ということでした。しかし、この疑問はkmiuraさんが調べだした上掲の資料で氷解しました。ありがとうございました。
:
>この二万円という値がそのまま実勢レートにはならないことは、軍事郵便貯金等特別処理法(昭和二十九年五月十五日法律第百八号)http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S29/S29HO108.html にあるように、軍事郵便貯金の払い戻しには換算率が適用されたことからも明白ですが、
:
つまり、軍事郵便貯金の払い戻しには、地域地域の、現地通貨:日本内地円との実質レートに応じた換算率があった。とういことですね。軍事郵便貯金2万円は日本円2万円としては降ろせなかったということですね。
:
ということは、軍票の実勢価値、ビルマ-タイ軍事郵便貯金の実勢価値を考えれば、文玉珠さんが高給取りだったとはいえない、ということがはっきりしました。文玉珠さんの500円と日本兵の20円を比べるには、軍票の実勢レート、軍事郵便貯金の実勢レートで換算しなければならない、ということです。
:
lunakkoさんは最後に
>(lunakkoさん)> 本文で私が引用した国会議事録にあるように、軍事郵便貯金が内地の円に換算されたのは、終戦後です。それまでは、いわば円(南発券)というカッコつきだった、ということが議事録からわかります。
:
とおっしゃっていますが、私には lunakkoさんが仰るこの意味がよくわかりません。lunakkoさんは、慰安婦たちが純正の日本円を受け取っていた、と今でも思っている、ということでしょうか。もしそうなら、ビルマ在の慰安所楼主などの証言がはっきり軍票(ルピー)を貯めたと証言してますので、それは成立しません。
kmiuraさんに1点だけ伺います。文玉珠さんのばあい、もしその国会以後、円に換金できたとすると、別表の甲乙丙、どれに対応したのでしょうか?
貯金と送金の関係は私が把握しているかぎりでは、
銀行に貯金(横浜正金銀行とか、おそらく台湾)このときに換算レートがすでにかかる。で、額面は換算後の円になる。(これは陸軍の書類があって、あとでアップします)
送金するときには、そのままの円。(ただし制限つき。月800円だったかな。ゼームスさんが前に出してくれた、ミッチーナの女衒(楼主)の発言にあります)
戦後の換算は、上の貯金の際の換算ではだめなので(終戦直前直後のハイパーインフレのためらしい)さらに額面から引く。本文で書いた法律はこの最後の部分です。文さんが2万円を預金したのはこの時期なので、つじつまはあいます。また、本文の論理は、すべての預金者の預金を戦後のある一定の法則で換算した後、それらの中で文さんの預金高はこの程度です、ということです。lunakkoさんは、それを終戦後だから関係ない、と判断したようです。
抑える点はあと兵士の給料の方かな。
あと、情報交換のためちょっと私の方にメールいただけるでしょうか。一緒にしらべたいことがあるのです。個人ページのkom's logというタイトルのすぐ下、profileのところに入ると、書いてあります(あっと
を @ に変えてください)。おまちしています。