日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。 『ドイツ・イデオロギー』
070611
■ [clip][arguments] 論は参加者の共有物である。

http://d.hatena.ne.jp/dempax/20070530#p1
≪仮説を否定しているに過ぎないのに,自分の全人格を否定されたかのごとくムキになる人≫については,id:dempax:20060112#p1 (d)の反対 で指摘したことがあるが, 逆に言えば (d)相手の部分的間違いを見つけると相手のすべては間違い!!であることにしてしまう(ex.渡部昇一御愛用)型.
バイナリー思考というのかなんというのか。議論のデジタル化。
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