日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。 『ドイツ・イデオロギー』
070620
■ [memo] どこか共通している。
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自分で資料を探さないで、出てきた資料をアクロバティックに曲解するってのが常套手段なのだなあ、と慨嘆。あるいはネガティブな自己像を否定せんがために現実逃避する患者ないしは暗闇に向かって「ぼくちゃんほんとはつよいんだもん」とぶるぶるしながら叫ぶ子供に似ていると思うことしきり。この叫びはあくまでも内向きなのだ。
これはTheFactに限らず、掲示板でもそうだし、あるいはイラク戦争の際に個人ページに書いた自分の考察を思い出した。日本人人質事件をめぐる”自作自演”説に関する文章。
情報からの逃避行動
http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20041007#p1
”自作自演説”
http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20040510
結構な共感をいただいた思い出がある。
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