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zames_maki
ここで行われていることは何か
慰安婦に関しての議論で得られるものには、我々の議論の場そのものに関する知識もある。
行われていない専門家の討論
おそらくこうした論理的な議論を重んじる場で、慰安婦に関する事実が論じられるのは珍しいのではないだろうか?
本来こうした議論は研究者の間で行われるべきだろう、しかし笠原十九司が南京事件研究で触れているように、こうした対立の鮮明な問題に発言する事は学会でも一種のタブー視され、多くの人が参加する開かれた形では行われにくい事を記している。
また吉見=秦という2者間でも、近年は行われていないと思われる。2007年7月号の「諸君!」では秦郁彦と日本の戦争責任情報センターの荒井信一が同席して座談会を開いているが、こうした記事は私の探した範囲では1件も見ることは出来ない。
その諸君の今月号で秦郁彦は吉見義明とのテレビ討論が、2007年4月には少なくとも3回企画されたが、吉見の側に断られたと言っている。実際私がYouTubeで見かけたテレビ討論会では秦郁彦の対峙者は元慰安婦の賠償裁判を支える弁護士であった。
結果として、現在読めるこうした討論は1995年ころの教科書問題で安倍晋三を中心とする自民党若手議員の会に講師として呼び出された吉見義明が、なぜ証拠がないのに強制と言うのだとつるし上げを食った機会だけである(これは「歴史教科書への疑問:若手国会議員による歴史教科書問題の総括」で読めるし、大変興味深い)。
私の推測を述べれば吉見はこの場で自分の主張を強固なものにしないで下手に討論をすることの危険性を感じ、そのため秦との討論も行わないのではないだろうか?この若手議員の会での吉見の発言は彼のそれまでの主張を丁寧に述べただけだが、自民党議員はまるで今のネット上と同じような質問を彼に浴びせたからだ。こうした場では、結局決定的な資料がないと、声の大きいもの(権力のある側)に押しつぶされてしまう、それを吉見は感じ、以来討論を嫌ったのではないかと思う。
慰安婦研究の難しさ
実際慰安婦に関する資料は非常に限られている。日本軍の資料はよく知られているように規制する側のものしかないし、軍の実際の動向を示す資料は多くは将校の日記などである。これらは南京大虐殺での多くの死者がが、日本軍の陣中日誌という公的資料で裏付けられるのと大きな違いである。南京の虐殺では、当時日本軍は捕虜の殺害を犯罪とは考えていなかったから、陣中日誌や戦闘詳報という公的資料に残し、それを根拠に我々は現在捕虜殺害数を少なくとも数万と見積もることができる。
対して慰安婦ではそうした陣中日誌は多くがまだ公開されておらず、吉見は明確に示す点で苦労していると言うべきだろう。慰安婦に関する資料は確かに限られている。こうした経過を振り返ると、ネット上で思慮の浅い若者が、秦郁彦の雰囲気だけの記事にのせられ早とちりが広まった責任の一端は吉見らにあるとも言えよう。
吉見義明らの研究者としての限界は、彼が実証を重んじ日本軍の資料研究を主とする為でもあろう。彼らの努力により、日本軍・日本政府の慰安婦への関与を示すことができた訳だが、同時にそれらは軍の運営という大枠を知るだけで、慰安婦の細かい実態は明らかにしていない。
これに答えるのが、尹明淑や朱徳蘭、石田米子らの現地調査ではないだろうか。彼らは元慰安婦に面接することで慰安婦に沿った多くの情報を得ている。また現地に残った建物や他の証人を発見した。おそらくこうした研究が、インドネシア、フィリピン、ボルネオ、そして中国でこれから始まるだろう。また吉見義明は日本にある資料の限界を指摘し、連合国が戦後持ち帰った日本の資料に期待している。即ちイギリス、オランダ、オーストラリアなどの国に慰安婦関係の日本軍資料が発見されずに眠っている可能性を指摘している。我々はこうした限界の中で、議論をしているわけで、分からないを前提に、努力をするべきだろう。(だがそれは恐らく日本軍の蛮行であろうが)
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7ここで行われていることは何か
zames_maki
2007/06/15 13:03:01
慰安婦に関しての議論で得られるものには、我々の議論の場そのものに関する知識もある。 行われていない専門家の討論 おそらくこうした論理的な議論を重んじる場で、慰安婦に関する事実が論じられるのは珍 ...
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