1:
zames_maki
「慰安婦」を知ると言うことは何か
http://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/10で、
ni0615さんは
Webで対論するには限界があるのでしょうね。また、21世紀人には理解をこえるのでしょうね。私自身、従軍慰安婦という言葉以前の、「娼婦」ですらイメージがないのですから。まあ、「追軍じゃあなくて従軍だった」、ということぐらいは一生懸命勉強して理解できそうですが、それは上っ面の理解にすぎません。
対してzames_makiは
と答えています。「慰安婦」を知ると言うことは簡単なことではないという事ですね。ここではネット上の書き込み以外の知るための方策、考え方、見方といったものについて投稿ください。
2:
zames_maki
映画「蟻の兵隊」で慰安婦を知る
映画「蟻の兵隊」 蓮ユニバース2006年 101分 ドキュメンタリー
http://www.arinoheitai.com/index.html
…終戦当時、中国の山西省にいた日本軍の一部の部隊は軍司令官の命令で武装解除をすることなく中国に残留、中国国民党軍に編入され、共産党軍との内戦を戦った。しかし生き残り帰国した彼らは日本政府によって逃亡兵とみなされた。政府は、兵士たちが自分の意志で勝手に戦争を続けたという。元残留兵たちは自分たちの戦争を確認すべく訴訟を起こすが、メディアはまったく取り上げなかった。当時、実際に残留兵として中国内戦を戦った奥村和一(80才)にカメラを向け、日本軍山西省残留問題の真相解明に奔走する氏の姿を追ったドキュメンタリー。
慰安婦問題は、ついに映画でそれを「感じる」ことができるまでに進展した。
この映画「蟻の兵隊」は、一見残留日本兵の裁判を扱った映画に見えるが、実はその主題は、むしろ元日本兵が自分の戦争と向き合い、日本軍が中国で何をしてきたか、「感じる」ところにある。そこには「慰安婦」も登場してくる。そしてそこではネットの上での慰安婦論争でよく登場するものがたくさん観客の目の前に現れるのです。
①旧日本軍の資料
主人公奥村和一(残留日本兵、80才)は中国山西省公文書資料館に裁判の証拠を捜しに行く。そこで発見されたのは、残留日本軍指揮官が書いた残留軍の「本分」つまり残留目的だった。観客は中国の文書館(それはまるで田舎の図書館のようだ)にあった、ただの紙の束、その古びた紙に書かれた、カナ交じり文を見る。それは慰安婦問題でよく登場するあの感覚である。
②証拠論議
裁判に持ち込まれたこの問題は、証拠はあるのか?がポイントだ。国側は昭和30年代に国会で軍司令官が、「奴らは勝手に自分で残ったのであります」という答弁だけで、あとは証拠はないと言う。しかし奥村は、中国で陰謀を図った相手側の参謀に会い、「陰謀があって残留したのはよく知られているが、資料はないし関係者はみんな死んだ」という返事を得る。陰謀があって残されたのは中国の本にも書かれているのだ。しかし裁判では証拠はないからダメだという。事実ははっきりしている、しかし裁判では負ける。まるで慰安婦の賠償裁判そっくりの構図を観客は見せつけられる。
③日本軍は何をしたか=今も過去は過ぎ去らない
主人公奥村は証拠を捜し、自分が戦闘を行った中国の奥地の村へ赴く、そこで見たものは何だったか?そこには今も銃弾の跡が残る古びた煉瓦の家があり、見覚えのある市街が広がっている。そして実際に交戦した、共産党軍兵士が登場し「日本軍は全員殺したと思っていたがなあ」とにこやかに話す。そこには戦争は生々しく残っているのだ。私は今も故郷に帰れず中国の慰安所の周辺に住んでいる朝鮮人慰安婦を思い出さずにはいられない。
④日本軍の暴行=慰安婦との邂逅・証言
主人公奥村は、自分は強姦したことはないが、考えてみれば手伝っていた事を思い出す。見張っておれと言われ、仲間が民家に入っていくのを覚えている、しかしそれはこの60年間思い出さなかったものなのだ。そして、彼は日本軍に暴行され、強姦された元「慰安婦」の老婆に会う、老婆は強姦の様子をしごく平易に、しかしはっきりと語る。そして言うのだ「あなたは悪い人には見えない、自分のしたことを素直に人に話したらいいのに」と。実は奥村は戦後、妻にも一切戦争の話をしたことはない、彼が訴訟まで起こした戦後残留し戦った事も、中国人を肝試しのために銃剣で刺し殺したことも話したことはなかったのだ。
⑤元日本兵士の証言=戦争を知ると言うこと
奥村は自分が肝試しのために殺した中国人農夫の足跡を訪ねる、しかしそこで彼が発見したのは実は農夫ではなく、日本軍の炭坑を守るいわば傀儡軍の兵士であったことだ、それを知った奥村は詰問する。「なぜ抵抗しなかったのか?逃げないお前の方が悪い」と。奥村は60年前に戻っていた、そこには殺される前に殺せという、あの凶暴な日本兵がいた。ホテルにもどった奥村は、やがて気づき恐ろしく疲労した表情を見せる。
戦争は人を離してくれない、60年前の戦争を批判した奥村自身でも、戦争というものが自分を変えたことに、その瞬間まで気づかなかった。それほど戦争は恐ろしい。
映画は終盤、2005年8月15日の靖国神社の光景を映し出す。そこには旧日本軍の格好をして整列行進をする一群、そして演説する小野田少尉が見える。奥村は小野田に声をかける「戦争美化ですか?」小野田は老人特有の剥き出しの敵意をもって答える「正当化だ!開戦の詔勅を読め!(自衛のためやむ得ず戦争を始めると書いてある)」。一見平和的で、のどかな場に、戦後も残留した老兵士同士の恐ろしい対立を見せる。その対立はあまり実をもったものに見えない、小野田は慰安婦は売春婦だと語ったらしいが、それを肯定的に引用する人間でも彼の意見を真面目にとっている人間はいないだろう。当事者は自身は自分の体験を語るしかない。それを社会的に位置づけ共通理解を築くのが、戦後生まれの我々の責務である事を実感できる瞬間である。
3:
zames_maki
2
Re:映画「蟻の兵隊」で慰安婦を知る
他の人はどう見ていたか
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=325161
投稿者: 黒美君彦
こうした証言をする老兵は、「この日本は間違ったことなんかしてないもん」という自称愛国者たちにとって邪魔でしょうがないらしい。彼らに言わすと中国戦線からの帰還兵の証言は、「中国共産党に捕虜になっている間に洗脳された」、だから「虚偽」なのだそうだ。戦後60年余り経って、いまだ人を殺したトラウマに悩む老人は「嘘つき」呼ばわりされるわけだ。
これは個人の犯罪ではない。戦争行為という「皇軍」の業務に伴って行われたものではなかったのか?恐るべき想像力の欠如とレッテル貼りによる思考停止が、「美しい国」を目指すこの国の精神の貧困をもたらすことにはならないだろうか。
観念的ではなく、生々しい手触りの戦争の実相が、この作品からは感得できた。
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id325161/rid15/p3/s0/c27/
投稿者:mmseiichiさん
一番印象にあるのは日本軍、その後には中国人からも強姦された中国女性の証言だ。中国女性から、同じ中国男性から強姦されたという証言をいままで聞いたことはない。20代30代の人たちへ、これは隠された歴史の一部だから観てください。(そう心底から書き込めない自分がいる。現在の不景気に生きる人々にあてはめってしまうせいだろうか?)
「蟻の兵隊」は、取材も証言もそのままだったのか真実を少しでも知った気がする。
4:
rahXephon
>zames_maki さんへ
ああ、これも、なんというか
自己陶酔してるだけね。
証拠を示しなさい。厳然たる、反論の余地がないほどの証拠を探してくるのが先でしょう?
それもできないのに、あったあったと叫ぶのは、それこそ、あなたの大好きな
「カルト狂信者」と同じだ思うけど?
5:
zames_maki
2
Re:映画「蟻の兵隊」で慰安婦を知る
この映画で証言する元「慰安婦」はリョウ面換さんです。
彼女は、山西省から名乗りをあげた元慰安婦のグループの一人であり、例えば「黄土の村の性暴力」で研究者の調査を受け証言を行っている一人ですし、雑誌「DAYS JAPAN」の6月号で100人の元慰安婦の一人として写真を見ることができます。
書物で知る彼女の証言はただ悲しい暴力の経歴だけで、正直悲惨なだけですが、映画の中でその表情を見ながら話を聞くとだいぶイメージが違います。それは、彼女が自分が「乱暴された」という瞬間の「簡潔さ」にあったように感じました。
泣く訳でもないし、怒るわけでもありません、しかしその簡潔さは断固とした怒りと自分の哀しみを噛みしめているように感じました。そう彼女は自分が乱暴されたと言うたびに悲しい思いを、繰り返しているように見えたのです。
そして、その後の許しの言葉も、彼女の受けた乱暴のひどさを思えば驚きです。60年前には日本軍兵士として山西省にいた奥村和一を前にしても、彼女がただ悲しげで優しいことに驚きます。元慰安婦婦の中には60年たっても男性に近づかれることを怖がる人もいると聞きます。また同時に兵士であった奥村和一の方には山西省に赴くに当たって、中国人に殴られることを覚悟していました。そして実際に撮影の中では、殴られるまではなくともそうした摩擦はあったそうです。
しかしリョウ面換さんは、奥村を許していた。それは恐らく、日本人による調査が行われ彼女らの存在が、その村落でも、中国国家としても認められたからでしょう。おそらく彼女が、初めて証言する時はこの様ではなかったでしょう。これは実は別の映画「ガイサンシーとその姉妹たち」で明らかにされていきます。
映画は裁判でも研究でもないので、慰安婦を否定する人へのいわゆる「証拠」にはなりません。しかし映画には写真や文字とは違った情報を我々に与えてくれます。そしてそこから納得する人も多いのは事実です。この映画の元「慰安婦」リョウ面換さんの短いシーンにも、そうした違う意味での説得力があったように思います。
6:
zames_maki
2
Re:映画「蟻の兵隊」で慰安婦を知る
私は、このスレッドに「慰安婦を知るという事は何か?」と主題をつけました。
つまりこのスレッドの目的は、慰安婦について知るという作業から、我々はどんな経験をし、どんな認識に達するのか?ということです。
「蟻の兵隊」に元慰安婦リョウ面換さんが、出てくることが非常によくそれを表しているように思います。日本は戦後60年間多くの戦争ドキュメンタリーを制作してきましたが、「蟻の兵隊」のような映画はおそらく初めてではないか、と思います。これは、戦争映像の研究を行ってきた永井和先生に聞くとはっきりするでしょうが、実は日本では戦争中から、日中戦争の映画・映像は非常に少ないのです。
映像の数だけ見ても、日本人は日中戦争に向き合って来なかった事が直ぐに指摘できます。そして初めて、その日中戦争に向き合った「蟻の兵隊」では、すぐに元「慰安婦」に向き合わねばならないらしい。
・・・この慰安婦のシーンは何なのか?と映画を見た人は感じるでしょう。この映画は元日本兵の、恩給を求めた訴訟を扱った映画であり、慰安婦なんて関係ないのでは、と思うでしょう。この映画はそれにあえて言葉(セリフもナレーションも)では説明していません。しかし映画は見た人がそこに気付くのを待っています。(これは監督池谷薫氏のお話を聞くと実ははっきりしています)
つまり慰安婦を知ると言うことは戦争を、それも日本軍が優勢であり加害者であった日中戦争を知ると言うことに他ならないらしい、と観客は気付かされるようにこの映画は出来ているのです。
7:
zames_maki
ここで行われていることは何か
慰安婦に関しての議論で得られるものには、我々の議論の場そのものに関する知識もある。
行われていない専門家の討論
おそらくこうした論理的な議論を重んじる場で、慰安婦に関する事実が論じられるのは珍しいのではないだろうか?
本来こうした議論は研究者の間で行われるべきだろう、しかし笠原十九司が南京事件研究で触れているように、こうした対立の鮮明な問題に発言する事は学会でも一種のタブー視され、多くの人が参加する開かれた形では行われにくい事を記している。
また吉見=秦という2者間でも、近年は行われていないと思われる。2007年7月号の「諸君!」では秦郁彦と日本の戦争責任情報センターの荒井信一が同席して座談会を開いているが、こうした記事は私の探した範囲では1件も見ることは出来ない。
その諸君の今月号で秦郁彦は吉見義明とのテレビ討論が、2007年4月には少なくとも3回企画されたが、吉見の側に断られたと言っている。実際私がYouTubeで見かけたテレビ討論会では秦郁彦の対峙者は元慰安婦の賠償裁判を支える弁護士であった。
結果として、現在読めるこうした討論は1995年ころの教科書問題で安倍晋三を中心とする自民党若手議員の会に講師として呼び出された吉見義明が、なぜ証拠がないのに強制と言うのだとつるし上げを食った機会だけである(これは「歴史教科書への疑問:若手国会議員による歴史教科書問題の総括」で読めるし、大変興味深い)。
私の推測を述べれば吉見はこの場で自分の主張を強固なものにしないで下手に討論をすることの危険性を感じ、そのため秦との討論も行わないのではないだろうか?この若手議員の会での吉見の発言は彼のそれまでの主張を丁寧に述べただけだが、自民党議員はまるで今のネット上と同じような質問を彼に浴びせたからだ。こうした場では、結局決定的な資料がないと、声の大きいもの(権力のある側)に押しつぶされてしまう、それを吉見は感じ、以来討論を嫌ったのではないかと思う。
慰安婦研究の難しさ
実際慰安婦に関する資料は非常に限られている。日本軍の資料はよく知られているように規制する側のものしかないし、軍の実際の動向を示す資料は多くは将校の日記などである。これらは南京大虐殺での多くの死者がが、日本軍の陣中日誌という公的資料で裏付けられるのと大きな違いである。南京の虐殺では、当時日本軍は捕虜の殺害を犯罪とは考えていなかったから、陣中日誌や戦闘詳報という公的資料に残し、それを根拠に我々は現在捕虜殺害数を少なくとも数万と見積もることができる。
対して慰安婦ではそうした陣中日誌は多くがまだ公開されておらず、吉見は明確に示す点で苦労していると言うべきだろう。慰安婦に関する資料は確かに限られている。こうした経過を振り返ると、ネット上で思慮の浅い若者が、秦郁彦の雰囲気だけの記事にのせられ早とちりが広まった責任の一端は吉見らにあるとも言えよう。
吉見義明らの研究者としての限界は、彼が実証を重んじ日本軍の資料研究を主とする為でもあろう。彼らの努力により、日本軍・日本政府の慰安婦への関与を示すことができた訳だが、同時にそれらは軍の運営という大枠を知るだけで、慰安婦の細かい実態は明らかにしていない。
これに答えるのが、尹明淑や朱徳蘭、石田米子らの現地調査ではないだろうか。彼らは元慰安婦に面接することで慰安婦に沿った多くの情報を得ている。また現地に残った建物や他の証人を発見した。おそらくこうした研究が、インドネシア、フィリピン、ボルネオ、そして中国でこれから始まるだろう。また吉見義明は日本にある資料の限界を指摘し、連合国が戦後持ち帰った日本の資料に期待している。即ちイギリス、オランダ、オーストラリアなどの国に慰安婦関係の日本軍資料が発見されずに眠っている可能性を指摘している。我々はこうした限界の中で、議論をしているわけで、分からないを前提に、努力をするべきだろう。(だがそれは恐らく日本軍の蛮行であろうが)
9:
noharra
謝罪とは
10:
noharra
9
Re:謝罪とは
■ 罪とは
ともかく、そこには基礎的にとても重要な物事がありまた求められている。それがある「べき」ことである。しかし、わたしを含め多くの現在の、従来からの、学者というもの、社会活動家・政治家というものは、そのような本当の基礎的な働きつまり人が生き死にするという文字通りの「人生」からほとんど離れて動き続けている。あるいはそこでのただ表象されたもの、その表現が、自分の人生だと思っている。私自身まったくそうだった。
ここにはしばしばひどい倒錯がある。偶像崇拝というべきか。人はそのような本当の存在者たちとは離れた像を追い続けている。罪をいうならば、すなわちその本当の存在からの人生から離れてしまう営みにこそじつは罪がある。ただ、なおそこにはさらに責罪がある。つまり、なさねばならない、という責任と当為がその罪からこそ生じる。こうして、当為と責罪とはじつは結び付いている。生きる限り、たんに動植物たちより以上に、生きようとする限り、ひとは罪をもっている。罪をもつこととよく生きようとすることは、じつは結び付いている。責罪を「背後に」もつがゆえに、かつ「現在・将来に」これを無くし減らすべき当為が見出される。責罪と当為とは方向はまったく違うが、人の状態の前後にきわめて深く結局、結び付いている。
本来の宗教的感覚からは、責罪や悪と生きることは切っても切れないものであるわけであり、普通目に見えないシールドで気づかないようにしているそのことに目覚めることが第一歩であるのだろう。
11:
zames_maki
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Re:謝罪とは
>私は、謝罪とは、被害者の為にではなく、加害者の為に行われるものだと思っている。
ネットでは、勝手なバカな事を平気で、書く人がたくさんいますね。困ったものです。
加害-被害の関係にない、第3者からみれば、加害者が被害者に謝る(謝罪)するのは
当たり前(常識)なので、あえて自分の頭の良さを記そうと、こうした馬鹿げた事を書くのでしょうね。
しかし、今はその「常識的な」謝罪自体が行われていないのが問題なのです。
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