公文書焼却について RSSフィード
 

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41ni0615ni0615   40  before Allied troops arrived 

広島の調査に入った入ったのは、第五海兵師団第27海兵隊だったのか、いつだったのかが分かるといいですね。

中国新聞のサイトには、

http://www.chugoku-np.co.jp/abom/03abom/kiroku/pictures/index.html

米軍は、原爆投下の威力と残留放射能の有無を調べるため、

  • 一九四五年九月八日に「マンハッタン管区調査団」を、
  • 続いて十月十二日に「日米合同調査団」を広島入りさせている。
  • 同時に、大量に詳細な写真を撮った「米国戦略爆撃調査団」が十月十四日から十一月二十六日まで活動した。

とあります。ということは、

写真が

after the initial surrender to the Allies but before Allied troops arrived 

のものだとすれば、写真の撮影者は日本人だということになります。

あるいは、写真はあとからとられたものの、焼却現場がそのままになっていたのかもしれません。

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写真は私の想像では、宇品港(当時宇品には陸軍輸送部:海上挺身隊本部=「沖縄集団自決」でおなじみ、などの軍事施設が集積していました)の軍事施設で、焼却炉の背景に似島=安芸の小富士が写っています。

http://ns.himahima.co.jp/PeaceWeb/virtual/VirtualMuseum_j/exhibit/exh0403/exh04031.html

http://www.ujina-e.edu.city.hiroshima.jp/ujina-rekisi.htm

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返信2007/07/04 12:17:25
  • 41before Allied troops arrived  ni0615ni0615 2007/07/04 12:17:25
    広島の調査に入った入ったのは、第五海兵師団第27海兵隊だったのか、いつだったのかが分かるといいですね。 中国新聞のサイトには、 http://www.chugoku-np.co.jp/a ...