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56dempaxdempax   大阪府特高文書の焼却処分


井形正寿「反戦投書 戦時下,庶民のレジスタンス


[見出し]特高のマル秘文書に焼却命令

私には60年以上も前の1945年8月15日の終戦の日のことが今もあざやかに脳裡によみがえってくる.


その年の7月1日,私は大阪府警察本部から八尾警察署の特高係として赴任,45日目に終戦日を迎えた.


私は1943年に警察官となった. 今の若い人たちには特高警察といっても伝わらないかもしれない. 特高は,戦争遂行のために国民の思想を監視し,反戦・反軍の思想を持つ人間を弾圧する警察組織だった. 私が敗戦時に焼却を命じられながらも持ち帰ってきた書類の一つ,「特別高等警察執務心得」に,次のように記されている. [中略]

[……]

終戦前日の8月14日の正午ごろ,大阪城を中心としたB29の爆撃があり,大阪陸軍造兵廠などが灰燼に帰したのだから,15日の天皇の重大放送なるものが終戦を告げるものであると思いながら,あるいは徹底抗戦の重大声明ではないかという気持ちもしていた.


敗戦の15日の午後,特高関係の書類を焼却せよとの指令が入ったので,山なす書類を暑い陽ざしのなかで次々にドラム缶の中に投げ込み,まる二日間かけて焼いた. その時,私の眼をひいたものがある. それは係の部屋で二,三度みかけたことのある,当時の言葉で「不穏文書」といわれていた反戦投書などを,府警の本部鑑識係が一枚一枚写真撮影して現像した特高マル秘の内部手配写真である.

[以下省略]

【出典:『世界』2008/4月号(no.777)pp.262-268 より抜粋】

返信2008/03/12 20:59:37
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    井形正寿「反戦投書 戦時下,庶民のレジスタンス」 [見出し]特高のマル秘文書に焼却命令 私には60年以上も前の1945年8月15日の終戦の日のことが今もあざやかに脳裡によみが ...