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ni0615
雑感:従軍慰安婦問題のFAQ
昨日図書館でみつけました。
千田夏光さんが書いた、
「高校生徹底質問!! 従軍慰安婦とは何か」汐文社1992年5月です。ページ数77ページのブックレットです。
このブックレットは1992年2月、東京の某都立高校2年在学中の女子生徒と広島県下の某県立女子商業高校生徒の従軍慰安婦についての質問に答えたものである。初対面の少女であった。記述は彼女らの質問順序に従った。
第一章 従軍慰安婦とは何か
- 従軍慰安婦とは何か…
- 従軍看護婦というのがあったと聞いたが それと従軍慰安婦はどう違うのか…
- どうしてそのようなものを当時の軍は考え出したのか…
- その従軍慰安婦はどこからどのようにして集められたのか…
- たった千円で集められたのか…
- 慰安所開設の始まりはいつか…
- どういう基準で選んだのか…
- 韓国でそのように集められ問題はおこらなかったのか…
- 今日の従軍慰安婦問題はそのときからおこったのか…
- 従軍慰安婦の数はどれくらいだったのか…
- ずっと軍の直営だったのか…
- 慰安婦にさせられたのは朝鮮人・韓国人だけだったのか…
- 当時の日本人は従軍慰安婦の存在を知っていたのか…
- 日本国内に慰安所はなかったのか 従軍慰安婦はいなかったのか…
- 他の国の軍隊にも従軍慰安婦という制度はあったのか…
第二章 従軍慰安婦たちの生活はどうだったのか
- 慰安所における慰安婦の生活のようすはどんなものだったのか…
- 従軍慰安婦に行動の自由はなかったのか…
- 戦地で慰安婦たちは危険にさらされなかったのか…
- 妊娠させられた慰安婦もいたのか 中絶手術などしなかったのか…
- 慰安婦の逃亡はなかったのか…
- 戦場における兵隊たちにそうした従軍慰安婦を買うことに罪の意識はなかったのか…
- さきに慰安所は昼間は下士官兵、つまり下級者が利用し夜は将校が利用したといったが、えらい将校たちもそこで列をつくって利用したのか…
- 従軍慰安婦にたいし仕打ちや暴力があったのかどうか…
- 従軍慰安婦にお金は支払われていたのか…
- 従軍慰安婦のなかには日本人従軍慰安婦がいたとのことだが この女性たちと朝鮮人従軍慰安婦のあいだに差別はなかったのか…
第三章 従軍慰安婦たちは敗戦後どうなったか
- 日本の敗戦後その従軍慰安婦たちはみな帰国できたのか…
- 棄てられた従軍慰安婦たちはその後どうなったのか…
- 死んだ人、生きていた人の割合は…
- 戦後というのは一九四五年(S20)以後ということだが 戦後最初に従軍慰安婦のことを書いたのは誰で何年か…
- そのとき今日のように問題となることはなかったのか…
- なぜ従軍慰安婦について本を書こうとしたのか…
第四章 従軍慰安婦の今日的問題は何か
- 韓国でなぜ今問題になっているのか…
- 韓国人元従軍慰安婦だった人が日本政府を相手に補償を求める訴えをしたというがなぜ彼女は訴えたのか…
- 補償請求額は何を基準にしているのか…
- 日本政府はこの要求に応ずるだろうか…
- 日本人のあいだでこの問題についての動きはないのか…
- 今も韓国内にどれくらい元従軍慰安婦がいるのか…
- 私たちに何か協力できることがあるか…
- これからの補償を具体的にどうしていけばよいか…
- さきに日本政府は「日韓請求権・経済協力協定で補償問題はすべて解決ずみ」と考えているといったが、これにたいし韓国政府はどういっているのか…
- その慰安所は占領期間中ずっとあったのか…
- 閉鎖された後の彼女らはどうなったのか…
- あとがき
- 従軍慰安婦問題関連文献リスト…
わたしは、これを私とメンバー以外には公開しない書庫に収めるつもりです。
新しくFAQを作る土台や、論評の参考にしたい方、私までメールをください。
【参考時系列】
- 平成3年(1991年)12月より政府調査始まる
- 「高校生徹底質問!! 従軍慰安婦とは何か」千田夏光1992年5月
- 平成4年(1992年)7月 加藤談話(政府調査中間報告)
- 従軍慰安婦資料集 1992.11 吉見義明
- 平成5年(1993年)8月 河野談話(政府調査報告)
- 1997年 女性のためのアジア平和国民基金 設立
- 『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』女性のためのアジア平和国民基金 1997.3
その後の研究成果を加えて反映すれば、立派な新FAQが出来るかもしれません。
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ni0615
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Re:雑感:従軍慰安婦問題のFAQ
その後の研究成果を加えて反映すれば、立派な新FAQが出来るかもしれません。
一部をアップしました。
末尾に「?」がない項目と「あとがき」「参考文献」です。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/561.html
それぞれにコメント欄を設けました。
15年経ちましたが、今日的に留意すべきことを、諸賢が書き込んでくださることを望みます。
3:
ni0615
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Re:「女子勤労挺身隊員」に関する資料として
千田夏光氏への批判論点の一つに、
「女子勤労挺身隊」と「従軍慰安婦」との混同を重大誤謬として挙げる人がいます。しかし、果たしてそれは時系列を無視したといった誤謬といえるのでしょうか?
参考資料として、
「元朝鮮人女子勤労挺身隊員に対する損害賠償等請求控訴事」の控訴人準備書面(1) を転載しました。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/583.html
ここには、
1930年代以降、日本は戦争を遂行するために韓国から「報国隊」や「学徒動員」「徴用」などの形で労働力を動員した。短期間の労働力奉仕は「報国隊」という名前で、長期間の動員は「挺身隊」という名前で動員され、1941年から1945年までの間に、様々な「挺身隊」が組織され、労働力動員がなされた。
「挺身隊」と名付けられたものには、「内鮮一体挺身隊」「国語(日本語)普及挺身隊」「報道挺身隊」などがあった。「挺身隊」は男性又は混性で構成されていたが、女性のみで構成された場合に、「婦人農業挺身隊」「特別女子青年挺身隊」「女子救護挺身隊」のように「婦人」または「女子」がつけられていた。このように様々な「挺身隊」が組織され、頻繁に使用されていた。
と記され、また、
そして本件の動員が行われた戦争末期の朝鮮では、「処女 供出」という言葉が広く流布していた。1944年、総督府は一層ひどくなった労働者不足に対応するため、「女子遊休労働力の積極的活用」という名目で女性の動員を行うこととし、新規学卒者と満14歳以上の未婚者の全員動員体制を確立しようとした。このなかで、次のような事態も発生していた。
3 「勤労報国隊の出動をも斉しく徴用なりとなし、一般労務募集に対しても忌避逃走し、或いは不正暴行の挙に出ずるものあるのみならず、未婚女子の徴用は必至にして、中には此等を慰安婦となすが如き荒唐無稽なる流言巷間に伝わり、此等悪質なる流言と相侯って、労務事情は今後益々困難に赴くものと予想せらる」(吉見『従軍慰安婦』101頁、引用の内務大臣講義『朝鮮総督府部内臨時職員設置制中改正の件』)」
14歳以上の未婚の女性はすべて動員されるだけでなく、慰安婦にされるという噂が相当に広がっていたことがわかる。4月から8月にかけて、朝鮮人男性に対する第一回の徴兵検査が行われ、8月には未婚の女性(満12歳以上40歳未満)を軍需工場で働かせるための女子挺身勤労令が出されたので、未婚の女性はすべて慰安婦にされるという噂がひろがる条件が十分にあった。この噂は、若い女性をパニックに陥れ、経済的に余裕のある家庭では、娘を女学校から退学させて田舎に隠したり、いそいで結婚させたりしていた。
しかも実際に官と結託した軍が慰安婦を動員する際、他の労働力動員と同様に、「挺身隊」や「奉仕隊」という名前を付けた場合や「挺身隊」として労働力動員を名目にして騙して軍慰安婦にされた場合なども存在した。そのため、本件の朝鮮女子勤労挺身隊動員が行われた時には、すでに朝鮮国内においてこれらの噂が広範囲に広がっていたのである。
とも記されています。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/590.html
内務大臣講義にもあるように、朝鮮半島では「挺身隊」=「慰安婦」という言葉の連想が、それこそ橋下弁護士流『世間の常識』であった可能性が高かったようです。
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