1:
jhh
以前から気になっているんですが…
検索でたまたまこのブログにやってまいりました。
アツいなーと思いながら読ませていただきました。
ただ、長年の疑問に答えてくれる書き込みが見当たらない(探し方が悪いのかな?)ので
スレッドを新たに作って質問いたします。
いわゆる慰安婦問題ですが、調査文献や論じた書籍は日本でも何十年も前からあるんですよね。
つまり日本国が意図的に隠ぺいしていた事実はないわけです。
(印刷物ででまわっているんだから隠ぺいのしようがない)
しかし、国際的問題として論争になったのは'90年代に入ってからだったと記憶しています。
当時の慰安婦の方々(自称だから疑わしい方もそこそこいましたが)が声をあげるように
なったのもそのころからです。
なぜそれ以前に声をあげなかったのでしょうか?
少なくとも日本から何かの圧力があったという話は聞いたことがありません。
なぜもっと前に自力で行わなかったのでしょうか。
また、当の韓国政府は戦後どれだけ実態を調査・把握していたのでしょうか。
日韓基本条約の締結前にきちんと調査をして日本側にデータを出すべきだったのではないでしょうか。
あの条約によって日本国への賠償請求権は放棄したのではなかったのかな。
訴訟を煽った日本の左翼運動家たちは、この条約があるから謝罪・賠償請求をしても勝ち目はないと
知っていたはずです。
知っていたのになぜ煽ったのか?
自分たちの政治主張の道具にしたかった、と決めつけるのは失礼でしょうか。
反駁しがたい「不正」をどん、とつきつけて
これを疑う人間はすべて悪、と断罪するロジックです。
原告の主張がはねられることも事前に分かっていて、でもそうなったらそうなったで
「日本国は歴史を正しくみつめようとしない」とさらに断罪に走っていく…
こんなことは言いたくないんですが、
自分の主義主張をアピールするのにひとの不幸を巧みに利用しているように
外野からは見えてしまいます。
しかも当人たちが本気で「正義」と思っているぶん正面から批判しにくいのです。
このブログで熱く「なかった派」を叩いている皆さんも私の眼には同類に見えるんですね。
私は慰安婦連行の事実は(非常に疑わしいケースは含まれるものの)否定できないという立場の人間ですが
歴史の暗部を研究する行為を、自分と意見を異にする相手の発言を事前に封じ込めるための手口に
すり替えているような気がしてしかたがないのです。
広島・長崎の悲劇を世界に訴えるのは権利だし義務ですらありますが
ときにそれは「日本は被害者としての自分を必死にアピールしようとしている」と
外国人の目には映ります。
訴える側にそのつもりがなくても、結果としてそう映ってしまうのですよ。
このブログのやけにきちっと揃った文献データや掲示板での「なかった派」叩きを眺めていると
同じジレンマにはまっているように思えます。
さらにもうひとつ問題があります。
朝鮮人(差別ニュアンスではなく、朝鮮半島に暮らす民族の単純明快な総称として)には
日本に対する奇妙な愛憎感情があります。
先日のWBCでの日韓戦における韓国側の異様な盛り上がりを見るとそれを改めて実感します。
単に「日本に植民地にされた恨み」では説明しきれない、もっと根深い感情です。
劣等感、かな。
日本の識者が歴史問題を真剣にアピールすればするほど
彼らの奇妙な対日劣等感を煽り、「愛国無罪」のロジックで正当化する論拠を与えてしまっている。
そんな気がします。
結果として日韓の関係を悪くしちゃってるんですね。
ドイツは「戦争責任」の優等生として称えられてきましたが、あれだって実は
「ナチスが悪い」「ヒトラーが悪い」とアピールし続けていたのであって
「ドイツが悪い」とは絶対に口にせず、公の場でも語らないわけです。
日本は日本で、「戦争が悪い」「軍部が悪い」「右翼が悪い」とアピールすることで
今を生きている自分たちを巧みに免罪してきたわけです。
その筆頭が左翼良識派(このブログの皆さんもここかな?)に思えます。
でも、いいかげん当時の日本を完全悪と決めつけて自分の立場を守るやり方は
卒業すべきじゃないかな?
歴史問題を自分のアイデンティティにすりかえるなんて、
皆さんが毛嫌いする「なかった派」と思考回路は何も変わらないんだから。
2:
Stiffmuscle
1
Re:以前から気になっているんですが…
jhhさん、こんにちは
あなたのコメンを読んで確かめておきたいことがあったので、何点か示します。
いわゆる慰安婦問題ですが、調査文献や論じた書籍は日本でも何十年も前からあるんですよね。
つまり日本国が意図的に隠ぺいしていた事実はないわけです。
(印刷物ででまわっているんだから隠ぺいのしようがない)
『調査文献』とは具体的にどの文献のことを指しておられるのかが不明です。また、『いわゆる慰安婦問題』を『論じた書籍』についても具体的に誰のどの著作を指しておられるのかがわかりません。
当時の慰安婦の方々(自称だから疑わしい方もそこそこいましたが)が声をあげるようになったのもそのころからです。
『疑わしい方もそこそこい』たというのは誰のことを指しておられうのかがわかりません。また、何をもって『疑わしい』と判断なされているのかも示されていません。
しかし、国際的問題として論争になったのは'90年代に入ってからだったと記憶しています。
『国際的問題』にはなりましたが、『論争になった』というのは誰と誰との間の論争でしょうか?そして、その論争は国際的な論争なのでしょうか?
これも、『日本の左翼運動家』というのが誰なのかわかりません。
これも上と同様です。加えて、彼らが『この条約があるから謝罪・賠償請求をしても勝ち目はないと知っていたはず』と推測された根拠が示されていません。
この他にもありますが、お話が抽象的だとレスがつきにくくなりますし、議論にもなりにくいと思います。
最後に、あなたが質問なさりたいことに関しては、
吉見義明・川田文子『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』(1997年、大月書店)に書いてあると思いますので、まずは、この書籍をお読みになられることをお勧めいたします。
3:
jhh
2
Re:Re:以前から気になっているんですが…
うーんその本は97年の刊行ですからねえ…
それ以後の論争や研究はフォローされていないのではないでしょうか。
以前、福岡で中国人労働者が三井鉱山を相手に強制労働のかどで訴訟をおこしたことがありました。
あれは資料を読んで半分は理解できたんですよ。
要するに戦後に日本政府が当時の名簿や資料を封印・焼却したため
訴えたくても証拠物件がなかった、と。
たしか地方裁ではそういう事情を鑑みて「なんで時効成立まで自分たちで声をあげなかったの?」
という疑問に対して「この場合はしゃーない」と判断していました。
ところが高裁では「提訴する気ならもっと早くにできたのになんであとだしじゃんけんするの?」と
敗訴でした。
最高裁はどうなったのかな?現在も抗争中なのかな。
私思うんですけど、「提訴するならすみやかに(少なくとも時効成立前に)行うのが原則」という
指摘は重要です。
慰安婦のひとたちも、なんで90年代になって声をあげたんだろう?
70年代に研究はされていたんだし、そのころにやろうと思えばできたのでは。
それから日韓基本条約があるから提訴しても勝ち目はないと韓国政府は知っていたはずなのに
「個々の国民がやるのは自由」などとあいまいな姿勢を取り続けたのはなぜなんだろう。
あの時、日本側が個々の韓国人被害者に補償を行うと申し出たのに
それを蹴ってまるごと韓国政府がお金を受け取り、それをインフラ整備にまわした件は?
こう考えていくと、旧慰安婦のひとたちは先ず自分んとこの政府を訴えなくては
いけなかったわけです。
(あの条約の存在がかの国ではろくに知られていない、政府によってあいまいにされてきたという話はほんとうですか?)
65年の時点できちんと声をあげるか韓国政府がきちんと聞き取り調査をしていれば
あの時まとめて戦後処理ができたわけです。
それを双方怠っておいて、何十年もたってから騒ぎだすのって常識で考えても変です。
日本の歴史教科書は慰安婦問題をろくに取り上げない!と批判されたことがありましたが
とうの韓国でも'90年代後半まで記述がなかったのはなんでだろう。
どうもねえ、見えないダブルスタンダードが働いているような気がしてならないんですよ。
そしてこのダブスタを正義や良心の名のもとに煽っているのが
こういうブログで一生懸命にデータを集めている類のひとたちに見えるのですね。
「あった」「なかった」は山ほど目にしてきましたが
こういう角度からの疑問の声がいままであまりなかったのはなんでだろう。
とりわけこの指摘に対して「あった」派の方が逆上しがちなのはなぜ?
4:
Stiffmuscle
3
Re:Re:Re:以前から気になっているんですが…
jhhさん、こんにちは
うーんその本は97年の刊行ですからねえ…
それ以後の論争や研究はフォローされていないのではないでしょうか。
97年の刊行ですから、それ後の論争(これが何を指しているのかは不明)や研究について言及されていないのは当たり前のことですね。それは承知した上でお読みいただくように勧めているつもりです。当然、より新しい知見について扱った書籍等もありますが、1997年発行のこの書籍でもjhhさんの疑問の多くに応えられると考えて推薦しました。前向きにご検討いただければ嬉しいです。
70年代に研究はされていたんだし、そのころにやろうと思えばできたのでは。
この70年代の研究についても、具体的に言及いただかないと議論にはならないわけです。
そしてこのダブスタを正義や良心の名のもとに煽っているのが
こういうブログで一生懸命にデータを集めている類のひとたちに見えるのですね。
こういうブログというのも具体的な言及がありません。これについても具体的に示していただかないと同様に議論につながりにくいと思いますがいかがでしょうか?
最後に、
「あった」「なかった」は山ほど目にしてきましたが
こういう角度からの疑問の声がいままであまりなかったのはなんでだろう。
とりわけこの指摘に対して「あった」派の方が逆上しがちなのはなぜ?
この文章は明らかに矛盾していますので、論をよく整理なさって再提示されたほうがよろしいかと思います。
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