日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。 『ドイツ・イデオロギー』
070515初投稿です。
自己紹介をかねて”談話室”に投稿しました。
http://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/7/6
こんごしばらくやろうと思っているのは、キーワードの作成です。ネット上でみられる資料をそのままキーワードにして登録していく、というような。キーワードというよりも、ネット上に散在している資料を、集積するというような意図があります(ネットでは情報が”消える”こともある)。翻訳など、よりよいものがあったら、どんどん編集してください。
■ [memo][diplomacy]

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/51721/
徹底した外交カード、という立場から読み解くとこんな感じか。もちろんこれは慰安婦問題そのものとは関係がないということになる。。
慰安婦問題の裏側に見えるもの
http://d.hatena.ne.jp/Baatarism/20070515
同様に外交(というか”米交”だが)にフォーカスした分析。慰安婦問題はカードの一枚である。問題そのものにたいする意識は保留している。
現状の外交政策という面から捉えたときに、問題自体の扱い方は表層的になる。現在進行中の戦略であるから、歴史そのものを考えようとする立場から考えれば軽薄に見えるが、逆に外交に軸をおいて考える人間から見れば問題そのものを突き詰めようとする立場は「非現実的」ということになる。理学部と工学部の価値観・もののみかたの違いににている。
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