bewaadさんによる大沼保昭「「慰安婦」問題とは何だったのか」の書評。
http://bewaad.com/2007/07/03/190/
アジア女性基金の意味。目下の私にとっては、『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』が無料でウェブ上に公開されているという点。誰もが参照できるので実に役にたっている。
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Phls2007/07/04 02:15テキスト化どうもすいません。校訂していただいた部分を修正するのは私の仕事でしたのに……。お手数おかけしましたm(_ _)m
kmiura2007/07/04 02:41いえいえ。こちらこそありがとうございました。私の校正はhttp://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070622#c1183391534にありますので、ご確認ください。Phlsさんの確認をとるまえに上げてしまいましたが、修正可能なのでまだなにか気づく点がありましたら遠慮なくどうぞ。
nagaikazu2007/07/04 13:54kmiuraさん、Phlsさん コメント欄が長くなったので、こちらに書き込みます。 マンダレーの慰安所規定の翻刻ですが、その後わかった点を補足しておきます。*1「来鰻者」これは*マン*ダレーの漢字による当て字で、たぶん「鰻○○○」と表記したのだと思います(もっとも○○○の字が何であったかはわかりません)。ですのでここの意味は「マンダレーにやって来た者」です。*2「村田八朗」は「村田八郎」です。*3の欄外付記はこう読めます。「左記厳禁トス1.将校ノ引率2.将校、下士官、兵ノ同行3.不合格者ヘノ登楼」これは、軍人・軍属が慰安所に登楼する際の禁止事項とみるべきなのか、それとも第2条で言及されている軍人・軍属以外の民間人が利用する際の禁止事項なのか、いずれともとれるので、その点については判断保留です。第3条「又下士官トアルハ判任文官同待遇嘱託雇員ニ」は「又下士官トアルハ判任文官同待遇嘱託*同*雇員ニ」です。第11条の「@名」は「藝名」です。第12条「治療費ハ全テ」は「治療費ハ総テ」です。別紙第三「七.「サック」(星秘膏)ヲ必シ」→「七.「サック」(星秘膏)ヲ必*ス*」◎その他、留意すべき点 このマンダレーの「駐屯地慰安所規定」については、その内容もさることながら、規則の形式についても留意すべきです。 と言いますのは、この「駐屯地慰安所規定」は、その表紙の記述からわかるように、マンダレー駐屯地司令部が発出した軍令(の一種である内務命令)です。より厳密に言えば、この規定の親規定というべきものが、昭和18年10月末に制定された「「マンダレー」駐屯地業務規定」であり(『史料集成』の295頁以降)、これはマンダレー駐屯地司令官である第5野戦輸送司令官が制定したもので、これもまた駐屯地司令官の指揮下にある諸部隊が駐屯地において守らなければいけない諸条項を定めた軍令です。 そしてその第19条において「慰安所ニ関シテハ駐屯地慰安所規定(昭和一八年五月二十六日「マンダレー」駐屯地司令部)ニ拠ルヘシ」と定められています。つまり、マンダレー駐屯地司令官が指揮下にある諸部隊に対して、慰安所の設置・運営。利用については、この「駐屯地慰安所規定」にしたがうべしと命令しているわけです。 軍令というのは、軍の指揮系統に属する者あるいはその監督下にある者(軍人・軍属・軍従属者等)を拘束する命令・規則であり、その指揮系統ないし監督下にはない一般人に対しては原則として拘束力をもちません。ですので、慰安所規則が軍令であることは、このマンダレーの慰安所が軍の指揮系統に属するかあるいはその監督下にあるものであることを示しています。 さらに言えば、この親規定である「「マンダレー」駐屯地業務規定」が制定された1943年10月末の時点で、すでにビルマは独立していますので、日本軍の軍政は廃止されています。同年8月のビルマ独立と同時に日本はラングーンに日本大使館を設置しました。 すでに軍政は廃止されていますので、もしも慰安所が軍の指揮系統に属するかその監督下にない純然たる民間の組織であるのなら、その業務に関する行政規則(風俗営業規則)を定めることができるのは、もちろん軍ではありません。独立したビルマ国政府か、そうでなければビルマ駐在の日本大使館もしくは領事館のどちらか(この場合、ビルマ在住の日本人は治外法権をもつことになります)でなければなりません。 つまりビルマ独立後になっても、慰安所規定が軍令で定められていたという事実は、慰安所が軍の組織であったことを示す厳然たる証拠にほかならないわけです。
kmiura2007/07/04 20:00永井先生ありがとうございます。当て字か!とちょっと目からウロコでした。ご指摘の翻刻の(翻刻という単語、はじめて知りました)訂正を行いました。あと、「留意すべき点」は、キーワードの項目に入れたほうがよいと思うので、文体をあらためてみました。下記リンク先をご確認ください。http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070704/1183546476
Phls2007/07/04 20:00>永井先生校訂ありがとうございます。まだ見落としていた小さいミスがあったんですね……(汗)>Kmiura様永井先生の訂正に加えて、2点ほど私からも訂正をお願いしたいと思います。1.一番最初の目次のところが「大四章」となっているので「第四章」と改定してください。2.些細なことなのですが、別紙第一の「自」と「至」が位置的にずれているのでそこの補正をお願いします。>Kmiura様、永井先生提案というか質問というかなんですけど、「政府調査『従軍慰安婦』関係資料集成」に収められてる資料でテキスト化したものがいいものってありますか?ちょっと忙しいので時間はかかりますけど、あればやります。個人的には、前線に派遣した証拠、露骨に兵站が慰安所を作ったと書いてある証拠、行動の自由を奪っていた証拠とかはテキスト化した方がいいのかなと思うのですが、いかがでしょう?
kmiura2007/07/04 21:43Phlsさんへ1の訂正はやりました。2の訂正は、ちょっとうまくいかないので、テーブルのフォーマットにできるかどうかしばらくテストしてみます。とりいそぎのお返事。
kmiura2007/07/05 07:422のほう、テーブルのフォーマットで再編集したので、ご確認ください。
Phls2007/07/05 20:45>テーブルのフォーマットで再編集したので、ご確認くださいばっちりOKです。ありがとうございました。あと訂正の追加なのですが、第十二条の「総て」の「て」のところが平仮名ですのでその部分を片仮名に変換してください。お手数ですけどお願いします。それと「表紙」のところの「(他に、ページ上部に、「部隊長 佐田」、「副官 山田」の印、右下に「串尾」の印が判読化)」の部分の「判読化」は「判読可」ではないのですか?
kmiura2007/07/05 21:19ご指摘ありがとうございます。ずぼらな性格なもので・・・ 二点、訂正します。
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校訂していただいた部分を修正するのは私の仕事でしたのに……。
お手数おかけしましたm(_ _)m
http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070622#c1183391534
にありますので、ご確認ください。Phlsさんの確認をとるまえに上げてしまいましたが、修正可能なのでまだなにか気づく点がありましたら遠慮なくどうぞ。
コメント欄が長くなったので、こちらに書き込みます。
マンダレーの慰安所規定の翻刻ですが、その後わかった点を補足しておきます。
*1「来鰻者」これは*マン*ダレーの漢字による当て字で、たぶん「鰻○○○」と表記したのだと思います(もっとも○○○の字が何であったかはわかりません)。ですのでここの意味は「マンダレーにやって来た者」です。
*2「村田八朗」は「村田八郎」です。
*3の欄外付記はこう読めます。
「左記厳禁トス
1.将校ノ引率
2.将校、下士官、兵ノ同行
3.不合格者ヘノ登楼」
これは、軍人・軍属が慰安所に登楼する際の禁止事項とみるべきなのか、それとも第2条で言及されている軍人・軍属以外の民間人が利用する際の禁止事項なのか、いずれともとれるので、その点については判断保留です。
第3条「又下士官トアルハ判任文官同待遇嘱託雇員ニ」は「又下士官トアルハ判任文官同待遇嘱託*同*雇員ニ」です。
第11条の「@名」は「藝名」です。
第12条「治療費ハ全テ」は「治療費ハ総テ」です。
別紙第三
「七.「サック」(星秘膏)ヲ必シ」→「七.「サック」(星秘膏)ヲ必*ス*」
◎その他、留意すべき点
このマンダレーの「駐屯地慰安所規定」については、その内容もさることながら、規則の形式についても留意すべきです。
と言いますのは、この「駐屯地慰安所規定」は、その表紙の記述からわかるように、マンダレー駐屯地司令部が発出した軍令(の一種である内務命令)です。より厳密に言えば、この規定の親規定というべきものが、昭和18年10月末に制定された「「マンダレー」駐屯地業務規定」であり(『史料集成』の295頁以降)、これはマンダレー駐屯地司令官である第5野戦輸送司令官が制定したもので、これもまた駐屯地司令官の指揮下にある諸部隊が駐屯地において守らなければいけない諸条項を定めた軍令です。
そしてその第19条において「慰安所ニ関シテハ駐屯地慰安所規定(昭和一八年五月二十六日「マンダレー」駐屯地司令部)ニ拠ルヘシ」と定められています。つまり、マンダレー駐屯地司令官が指揮下にある諸部隊に対して、慰安所の設置・運営。利用については、この「駐屯地慰安所規定」にしたがうべしと命令しているわけです。
軍令というのは、軍の指揮系統に属する者あるいはその監督下にある者(軍人・軍属・軍従属者等)を拘束する命令・規則であり、その指揮系統ないし監督下にはない一般人に対しては原則として拘束力をもちません。ですので、慰安所規則が軍令であることは、このマンダレーの慰安所が軍の指揮系統に属するかあるいはその監督下にあるものであることを示しています。
さらに言えば、この親規定である「「マンダレー」駐屯地業務規定」が制定された1943年10月末の時点で、すでにビルマは独立していますので、日本軍の軍政は廃止されています。同年8月のビルマ独立と同時に日本はラングーンに日本大使館を設置しました。
すでに軍政は廃止されていますので、もしも慰安所が軍の指揮系統に属するかその監督下にない純然たる民間の組織であるのなら、その業務に関する行政規則(風俗営業規則)を定めることができるのは、もちろん軍ではありません。独立したビルマ国政府か、そうでなければビルマ駐在の日本大使館もしくは領事館のどちらか(この場合、ビルマ在住の日本人は治外法権をもつことになります)でなければなりません。
つまりビルマ独立後になっても、慰安所規定が軍令で定められていたという事実は、慰安所が軍の組織であったことを示す厳然たる証拠にほかならないわけです。
ありがとうございます。当て字か!とちょっと目からウロコでした。ご指摘の翻刻の(翻刻という単語、はじめて知りました)訂正を行いました。あと、「留意すべき点」は、キーワードの項目に入れたほうがよいと思うので、文体をあらためてみました。下記リンク先をご確認ください。
http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070704/1183546476
校訂ありがとうございます。
まだ見落としていた小さいミスがあったんですね……(汗)
>Kmiura様
永井先生の訂正に加えて、2点ほど私からも訂正をお願いしたいと思います。
1.一番最初の目次のところが「大四章」となっているので「第四章」と改定してください。
2.些細なことなのですが、別紙第一の「自」と「至」が位置的にずれているのでそこの補正をお願いします。
>Kmiura様、永井先生
提案というか質問というかなんですけど、「政府調査『従軍慰安婦』関係資料集成」に収められてる資料でテキスト化したものがいいものってありますか?ちょっと忙しいので時間はかかりますけど、あればやります。
個人的には、前線に派遣した証拠、露骨に兵站が慰安所を作ったと書いてある証拠、行動の自由を奪っていた証拠とかはテキスト化した方がいいのかなと思うのですが、いかがでしょう?
1の訂正はやりました。2の訂正は、ちょっとうまくいかないので、テーブルのフォーマットにできるかどうかしばらくテストしてみます。とりいそぎのお返事。
ばっちりOKです。ありがとうございました。
あと訂正の追加なのですが、第十二条の「総て」の「て」のところが平仮名ですのでその部分を片仮名に変換してください。お手数ですけどお願いします。
それと「表紙」のところの「(他に、ページ上部に、「部隊長 佐田」、「副官 山田」の印、右下に「串尾」の印が判読化)」の部分の「判読化」は「判読可」ではないのですか?