日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。 『ドイツ・イデオロギー』
070725
■ [semarang] 言及する時間ないんでクリップだけ

スマラン事件は認めるが、”強制連行”を否定する例。
http://skbskbskb.blog102.fc2.com/blog-entry-1.html
→ 勅令がみつかるまで、強制はなかった、という解釈を可能にする論理構造。「うちのはねっかえりがとんだ迷惑をかけまして」である。
07年11月30日追記
同様に、”国・軍の命令ではない”とするもの。
http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/81.html
→ 以下引用
1944年4月に軍司令部が慰安所を閉鎖させています。ということは、「当初、軍は強制連行そのもの知らなかった」という事になり、「『国家・軍の命令』によって強制連行したわけではない」という事の証明になります。
スマラン地区警備司令官である能崎少将が強制連行したのに、「軍ではない」。繰り返すが、だとしたら軍とはなんなのか。あるいはこれまた空気のようなもの、とでもいいたいのか。
米下院で証言した慰安婦達のおはなし
http://tech.heteml.jp/2007/03/post_914.html
→ 「懐疑する自分」を懐疑できない人。
トラックバック - http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070725
能崎清次は事件当時少将です。南方軍幹部候補生隊長で、スマラン地区の警備司令官を兼任していました。事件後の1944年6月に独立混成第56旅団長(ボルネオ)となり、1945年3月に中将に昇進し、同年4月に第152師団長(千葉に配備)になっています。
あくまで、意思決定の影響範囲が「少将」という身分にとどまる以上、
それを「軍全体の方針」などと誇張・昇華できません。
したがって、あなたの意見は間違っています。
1、「公権力の執行Xを原因として白馬事件の発生という結果が起こった」という因果関係の証明。
2、「X以外の行為を行うことができた」という証明
3、「Xをしなかったら白馬事件は起こらなかった」という証明
4、「『Xをしたにもかかわらず白馬事件が起こらない』ということはありえない」という証明
参考文献:大庭健『「責任」ってなに?』84ページ