日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。 『ドイツ・イデオロギー』
071215
■ [media] 読売の社説

慰安婦決議 欧州での連鎖反応が心配だ(12月15日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071214ig91.htm
この社説、いわゆる”なかった派”の心の琴線をいたく刺激しているらしい。特に「国際社会の誤解の根元である河野談話を見直していくことも必要だろう」という最後の一文。欧州決議はまさにこのこと、つまり”河野談話を見直す”ような動きをを批判しているわけなのだから、この社説は(英訳されている)火に油を注ぐことにしかならない内容で、いつもながらの自爆。外交的にも歴史的にもマイナスにしかならない社説である。いわれたとうりに河野談話を見直してみても、欧州決議に列記されているマクドゥーガル報告書に比べれば、結構にマイルドな内容である。慰安所を強姦所、といいかえた「マクドゥーガル報告書を見直したい」というのならばわからなくもないのだけど。
社説の中で問題とされているのは「日本の官憲が組織的、強制的に女性を慰安婦にしたかのような記述があった」点である。河野談話でこれに相当するのは
慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。
の部分であると思われる。社説の前半分で、スマラン事件(白馬事件)の解説がある。社説の語るところのように日本軍兵士が複数オランダ人女性を強制連行し慰安婦に仕立て、のちに司令部の知るところとなってその慰安所は確かに閉鎖となった。そして戦後の裁判で首謀者の兵士は死刑になった。しかし、社説が語っていないのはこの犯行実行者であるところの日本軍兵士の日本軍による処分である。犯行を計画実行した”兵士”、能崎清次少将(当時南方軍幹部候補生隊長、スマラン地区の警備司令官を兼任)は本来、軍法会議にかけられるべきであるが、処分はいっさいなかった。あまつさえ中将に昇進、敗戦直前には勲一等瑞宝章。強制連行してレイプした当事者の処遇がこれである。読売の社説はこの部分を知らないのか、あるいは穿った見方をすれば意図的に隠蔽している。同じような知らない、あるいは隠蔽は、半年ほど前にワシントンポストに有志が掲載した"The Facts"なる広告にも見られる。
事実3
しかしながら、規律違反の例があったことも確かである。例えば、オランダ領東インド(現在のインドネシア)のスマランでは、一陸軍部隊がオランダ人若い女性の一団を強制的に拉致し「慰安所」で働かせていた。
しかし、この事件が明らかになった時点で、この慰安所は軍の命令により閉鎖され、責任のある将校は処罰された。これらの戦争犯罪に関与した者はその後オランダ法廷で裁判にかけられ、死刑を含む重い判決を受けた。
読売社説は時系列を圧縮し、能崎清次少将の罪を問わなかった日本軍のことを省いている("The Facts"にいたっては処罰、なのだが処罰して階級昇進に勲章)。この省かれた部分がすなわち河野談話の「更に、官憲等が直接これに加担したこともあった」ということの例のひとつなのである。そして、さらに重要なのは、日本軍が結果としてそれを半ば黙認していた、ということだ。もちろん、黙認に書類も証拠も残らない。あるとするならば、能崎少将の勲一等瑞宝章であろう。
■ [memo] 日本政府のロビィイング

欧州議会の慰安婦決議のライブを最後の部分だけみたのだが、投票の前のスピーカーの一人が日本政府のロビィイングに関して憤懣やるかたない感じでひとこといっていた。なんでも”日本の大使”(おそらく川田さん)が「日本の文化では子供に性的なことを教えるのははばかられる」という理由で決議にある日本の歴史教科書・歴史教育の件にクレームをつけたということだった。メモをとったわけではないので、もうすこし詳しいこともいっていたかもしれないのだが、それを聞いて私は思わず失笑した。ひとつにはあまりに時代錯誤なそのはばかりかたなのだが、そこには文化ギャップと”未知の国、日本”なるステロタイプを利用しようという考えもみえなくもない。一方で困ったことに今のヨーロッパには日本から輸入翻訳されるマンガが多数有り、キオスクで普通に売っている。その性的な過激さはいわば常識の部類に属している(私までもが「やっぱりおまえも日本人、高校生の女の子の制服とかすきなんだろ」とからかわれたりする始末である)。これだけスケベなティーンエイジャー向けのマンガを大量生産しておいて、「性的にナイーブな日本人なんです」なんて日本の大使にいわれたら、あら、ご冗談でしょう、とでもいうしかない、ということになる。なんともおそまつなことである。
人権擁護法案に対する城内実氏の批判を読んだときにも感じたことですが,総じて言えば,右派の頭の中では《「日本国民」vs.「人権派」弁護士・人権団体・「反日」団体(日本国内で言えば朝鮮総連など)の連合軍》という戦線が形成されていて,後者を一掃しなければ「健全な」日本は実現しないということのようですが,しかしこの目標を実現しようとすれば,ナチスばりの権威主義国家に行き着くことは避けられないでしょう。
中曽根談話ももうすこし有名になるといいんですけどね。
Niphoneseさん
「反日」という言葉が平気でハードのメディアに登場するようになったのはこの5年ぐらいのことではないでしょうか。一度「反日」ということばの出現頻度を時系列でプロットしたいな、と思って検索してみたのですが、機能をうまくつかいこなすことができなくて、頓挫しました。
ついででもあるので、関連する拙稿をいくつかリストします。
http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20040412
テロに屈しない、という態度と行動は本当にテロ再生産を抑止するのか。
人質の三人のアイデンティティ いくつかの随想
身の安全、ということと、むき出しの個人
http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20040430#p1
ムラと村
http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20040510#p2
”自作自演説”
http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20041007#p1
情報からの逃避行動
http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20041030#p1
日本人人質 遺体発見?
http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20070130#p1
外界の創造