日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。 『ドイツ・イデオロギー』
071223
■ [link][memo] 他の国には共有できないご都合主義について

大幅に引用します。
従軍慰安婦問題は、今日初めてインターネットで調べてみたのですが、ユーチューブにたくさん発言ビデオが掲載されており、教科書に日本軍の関与があったのか無かったのかと言う問題では、関与が無かったと言う人たちの言い分を聞いていますと、安部前首相が言い出した、広義、狭義という言葉で、狭義では無かったと言うことです。この狭義と言うことの意味は、軍隊が家の中まで入り込んで女性を慰安婦に刈り出したということのようです。広義というのは、軍隊が慰安婦の人たちを輸送したとか、宿営地内に慰安所を作って、軍隊が業者や慰安婦の管理をしたというようなことのようです。広義の意味ということでは、安部前首相も認めていました。そういう意味で言うなら、国家として広義の意味での関与があればこれは国家犯罪だと思います。
今、アメリカを始め、オランダ、カナダ、EUで次々に日本政府に対して反省と謝罪要求を決議しています。フィリッピンでも同じような決議案が出されているとの事。こんなことをしていては日本は世界中から従軍慰安婦バッシングを受けてしまいそうです。
EUの場合は27カ国の代表的審議機関とのことですから影響は重大です。
私もそうですが、とかく目先の問題をやりくりできれば良い、済んだことはどうしようもない、水に流そうと言うのが日本的な発想のようで、外国ではとことん原理原則に照らしてどうかと粘りっこいというか、小手先で問題をかわそうと言うやり方では通用しないようですので、真摯な態度で接しないと、食料問題、エネルギー問題、観光誘致あらゆる問題で火を噴いてくることになるのではないかと思うわけです。
聞いていた時感じたのは、多くの人はいつまでねっちりねっちり日本を責め立てるのかとか、日本のご先祖様がそんなに悪者なのかとかと言う素朴な感情論で、日本が軍国主義に後戻りをするのに賛成だと言う論調は薄い様に思いましたが、外国の人から見たら、日本は反省をしていない、昔の皇国日本を目指しているのではないかと思ってしまうのではないかと思いました。ですから世界中からバッシングを受け始めているのではないでしょうか。
そうだな、と思いました。そもそも狭義と広義というのは、日本国内だけで流通している歴史解釈なのですが、空気読んでくださいとでもいうか、世界の人々も「広義と狭義」がわかっていただけるだろうとなぜか思って発言したのが安部さんです。この分け方を国内で一般に流布したのは小林よしのりさんで、考案したのは秦さんですが、それは日本国内で、日本は悪者ではないということを主張するためには通用した考えかたです。一方で、日本の外では世界大戦中の日本はファシストであり、悪かったというのが一般的な認識なので通用するはずがありません。あれは正しかったのだ、というのらば、ファシズムとはなにか、あるいは、日本の軍国主義とはなんであったのか、というところから議論をはじめる必要があるはずなのですが、なぜかそれが広義と狭義という形で日本の過去を擁護することが目的の、説明のための歴史解釈になってしまっている。こうした歴史解釈は他の国の人間から見たら我田引水のご都合主義、としか見えないのは明白です。
慰安婦に関する決議をバッシングと考えるのは過去と現在を混同した場合にはそうなるのですが、たとえばかつての奴隷制度を今の人権意識から批判する、といった奴隷制度廃止200周年の英国首相の声明などからもわかるように、今現在の日本のバッシングではなく、過去にあった日本の姿に対する批判、ということでしかありません。批判を持って日本は孤立していると考えるのではなく、その日本を批判的立場で止揚したところに現在の日本があり、その今の日本は人権に対する考えかたを共有している、われわれは進歩した、ということを示すのが今の日本のあるべきすがたなのだと思います。したがって、ご都合主義の解釈を繰り返して、これこそが愛国、これこそが憂国と自らの耳に心地よい解釈をといている人たちは、結果として世界の中にある日本というその存在を考えずいたずらに貶めているというのが目下の状況だと思います。
hizzz2007/12/31 02:04ううう、亀な訂正「恋のはまりの」→「恋のはじまりの」。KY=空気嫁もこの流れかも。