2007-07-25久門少佐の名刺メモに対する池田信夫ブロクでの反応 【追記あり】

今年の5月に石原東京都知事がニューヨークで、慰安婦問題について「戦争中に軍がそういう女性たちを調達した事実はまったくありません」と述べたことがありました。しかしこの言明が「「真実」とは程遠いものであり、「事実」に基づくというより「信条」の産物」(THE FACTS on Washington Postより引用)にすぎないことは、多少とも慰安婦問題に関心をもつものには明らかなので、ネット上においてもすぐに誤りが指摘されました。
私のこの日記でも、「軍がそういう女性たちを調達した事実」を示す警察資料を紹介しました(「軍による調達の事実」http://ianhu.g.hatena.ne.jp/nagaikazu/20070521)。
紹介した資料の一つに、裏面に「娘子軍約五百名広東ニ御派遣方御斡旋願上候」と記された第21軍参謀久門有文少佐の名刺があります。1938年11月に陸軍省徴募課長小松光彦大佐とともに内務省警保局長を訪ねた久門少佐は、この名刺を本間精警保局長に差し出して、慰安婦500名の募集と派遣に協力を要請したのでした。軍が慰安婦を調達したことを端的に示す動かぬ証拠とにほかなりません。
その名刺はアジア歴史資料センターで閲覧できますが、kmiuraさんがアップロードしてくれましたので
(http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070521/1179766974 )、簡単にみることができます。
ところで、つい最近になって、池田信夫氏のブログのコメント欄で、この久門少佐の名刺メモについて、興味深いやりとりがなされていたのを知りましたので、紹介しておきます。その場所は以下のエントリのコメント欄です。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/35c05f42484ff5b7b40f8fa0fe9628dc
まず、Hiro-sanという方が、以下のような質問をされました。
2007-06-18 20:40:58
こんにちは。素朴な疑問ですが、アジア歴史資料センターのアーカイブにあるという久門少佐の名刺メモは、強制の証拠になるのでしょうか。
これはじつに興味深い質問です。まず、私が名刺裏のメモを紹介したのは、「軍による調達はなかった」とする石原発言が事実に反することを示すためであって、「軍による強制連行があった」ことを示すためではありません。
じっさい「娘子軍約五百名広東ニ御派遣方御斡旋願上候」といった短い文言だけからは、久門少佐が警保局長に慰安婦の調達について協力を依頼したという事実以上のことを読み取るのは困難です。
この名刺裏のメモに気づいたのは研究者では私が初めてですが、名刺を含む一連の第21軍関係の慰安婦の募集と送出に関する警察資料については、すでに吉見義明氏や和田春樹氏などによる研究があります。それらの先行研究でも、これらの資料から、この時の慰安婦の募集が軍の要請によるものであって、警察がそれに全面的に協力したことが判明すると主張されてはいますが、これをもってただちに「軍による強制連行」の証拠であるといった主張はなされていません。
ですので、私からみると、このHiro-sanの「強制の証拠になるのでしょうか」なる設問は、答えが分かりきっていることでも聞かずにはおられない、ある種の神経過敏症を示すものとしか思えないのですが、慰安所・慰安婦関係の公文書の解釈と評価を、ただそれが「強制を示す証拠であるのか、ないのか」といった単一の判断基準のみでおこなおうとする一部論者の傾向を、ある意味で象徴しているようにみえました。
これは「従軍慰安婦問題とは軍による慰安婦の強制連行がおこなわれたか、否かであって、それ以外にはない」とする、いわゆる「従軍慰安婦はなかった」派の問題構図そのものに由来する傾向なのでしょうが、歴史学の方法からすると、このような神経過敏症は戒めるべきであって、先入主となった判断基準にとらわれて史料を解釈すると、ほんとうにその史料が語っていることを見逃しかねない危険があります。
この質問が興味深い第二の点は、質問の内容が「強制の証拠になるのでしょうか」であって、「軍による調達の証拠になるのでしょうか」ではない点です。
Hiro-sanが「軍による調達の証拠になるのでしょうか」と質問をされなかったのは、言うまでもなく、その答えが明らかだったからでしょう。つまり、Hiro-sanは、明言されてはいませんが、「強制の証拠になるのでしょうか」と質問されたことによって、暗黙のうちに、久門少佐の名刺メモは「軍による調達の証拠である」と認定されていることが、逆にわかるわけです。つまり、石原都知事の言明が歴史的事実に反するものであることを、Hiro-sanご自身も納得されているにちがいないということです。
そのように受け取ったのは、Hiro-sanだけにとどまりません。lssrtさんという方も以下のように述べられています。
久門少佐 (lssrt)
2007-06-18 23:58:25
また、池田信夫氏も、次のように述べて、この名刺が「軍による調達」を示す証拠であることを肯定されました。
2007-06-19 00:52:56
この資料は、まともに相手にするに値する珍しいものです。「強制」の証拠にはならないまでも、一部には「動員計画」があったことを示しています。この点では、秦郁彦氏などのいう「組織的な動員計画はなかった」という説は、必ずしも妥当ではない。
元来が秦氏と同じ「慰安所システム=戦地公娼制度」論者であったはずの池田氏ですが、名刺メモは「軍が慰安婦を組織的に動員した」ことを示すものだと認められています。その上で、秦氏の考えを妥当でないと批判された。当然、池田氏からみても、石原都知事の発言は、根拠のない妄言だったということになりましょう。
さらに言えば、たとえ一部であれ、「軍による組織的な慰安婦の動員計画があった」のを認めてしまうと、「慰安所は民間の公娼施設で、たんに軍隊のあとを追っかけて商売をしたにすぎない」という「戦地公娼制度」論は、もはやなりたちがたいと言わざるをえません。そのことは池田氏も認めておられるようで、上記の引用に続いて、次ぎのように述べられています。
永井氏もいうように、慰安所の運営が「軍主導」で行なわれたことは間違いないし、その労働実態が少なからず「強制売春」だったことも事実でしょう。しかし、それは国内の公娼と大した違いはないのです。特に人身売買は、国内でも大きな社会問題でした。これは、たしかに本人の意思に反するという点では強制ですが、その主語は軍ではなく親です。
ここで、池田氏は
- 慰安所の運営が「軍主導」で行われていたこと
- 慰安婦の労働実態が少なからず「強制売春」だったこと
- 国内の公娼制度も同様に「強制売春」だったこと
- 公娼制度の娼妓および慰安所システムの慰安婦もいずれも人身売買によって売春を強制されたこと
をすべて事実として認められています。
ここまで認めてしまえば、"the `comfort women' system of forced military prostitution by the Government of Japan"というアメリカ下院外交委員会決議の慰安所についての規定とほとんど変わらないと、私などには思えてしまうのですが、池田氏はそうは考えないようです。なぜなら、強制の主体は、軍ではなくて、自分の娘を人身売買で売り飛ばした「親」だからだというのが、池田氏の理屈だからです*1。しかし、この理屈が世界的にみて説得力を持つかと言えば、私はきわめて否定的です。
ところで、上記のHiro-sanの質問に回答を与えて、名刺メモは「強制の証拠」にはならないから、安心してよいと述べられたのは、Unknownさんという方です。
Unknown (Unknown)
2007-06-18 22:49:21
ならないと思いますね。
いちいち頼みなんてせずに、自分の隊を動かして人攫いをすれば良いだけです。
ちゃんと名刺の裏書を使って要請しなければならないのは、募集して雇用した人員を割り当ててもらうにはそれなりの手続きが必要だったということでしょう。
逆にきちんと雇用が成立していたことの証拠ということですね。
この回答もじつに興味深い。なぜなら、このUnknownさんの考え方にしたがえば、東南アジアや中国の占領地で、現地の日本軍が「自分の隊を動かして人攫い」をして慰安婦を集めた場合、それは「軍が組織的に強制連行」したことになってしまいかねないからです。
しかもその場合、その強制連行の指示は現地の部隊の正規の命令系統によらなくともいいのです。Unknownさんによれば、少佐クラスの人間なら、別に部隊の指揮官でなくとも、そういうことは簡単にできるらしいわけですから。
ちなみに、久門少佐は第21軍の一参謀にすぎません。軍の命令系統からすれば、上司からの委任によらなければ、彼自身には命令を出す権限はありません。しかし、Unknownさんは、公式の権限はなくとも、少佐ともなれば、そういうことはやり方次第で可能だと考えておられるようです。もちろん、そういう場合には「強制連行を命じる命令書」などというものは存在するはずもないでしょう。
この考え方でいけば、いままで、それは現地軍の規律違反の暴走で、日本軍の方針にもとづくものではないとされてきた事件の多くが、「軍が組織的に強制連行」したことの例となってしまいかねません。
まあ、Unknownさんは、ちょっと言葉足らずですが、当時の陸軍中央の方針が軍による組織的な慰安婦の強制連行を容認するものであったのなら、第21軍は慰安婦を現地で人攫い的に強制徴集したであろうから、わざわざ東京にまでのこのこ出かけてきて警察に協力を頼んだりはしない、と言いたかったのでしょう。
しかし、日本軍はこの段階では、原則として慰安婦の「現地調達」を考えていません。日本内地および植民地(台湾、朝鮮)から連れてくることを本則としていたのです。ですので、すでに華南に派遣されている第21軍が「自分の隊を動かして人攫い」で慰安婦を調達することは、そもそも最初からできない相談だったのです。もちろんこの1938年の段階では、陸軍中央が内地および植民地において、軍が部隊を動かして人攫いをするよう命じたり、それを許容するような指示を公的に出すはずがありません。それは架空の想定に近いのです。
それから、「募集して雇用した人員を割り当ててもらうにはそれなりの手続きが必要だった」という推定が正しいとすると、募集して雇用された慰安婦を軍に割り当てる権限をもっていたのは、警察だったことになります。なぜなら、久門少佐は警察の元締めである警保局長に斡旋を依頼しにいったわけですから。となると、慰安婦を調達したのは、軍ばかりでなく、警察もそれにコミットしていたことになります。
でも、Unknownさんやその他の方にとっては、それは「強制の証拠ではない」から、問題とするに足らないというわけです。「強制を認めることにさえならなければ、軍が慰安所を主導していたことも、軍や警察が慰安婦を調達していたことも、慰安婦の実態が強制売春であったことも、すべて認めてもよい」というのが、どうやら上の方々の現在の立場であるように見うけられます。
*1:【追記】池田氏は、同じブロクの別エントリhttp://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/439615f9877a4ce6f6381a6a737c60ee のコメント欄では、「人身売買が行なわれたことは、歴然たる証拠があり」、「永井和氏のようにこれを「強制売春」と呼ぶことは妥当ですが、その強制の主語も業者です」として、「強制の主体」を「親」から「業者」に変更されている。この変更が何に基づくのかよくわからないが、池田氏が軍慰安所システムのもとで、人身売買と「強制売春」が行われていたことを事実として認めておられることに変化はない。ただ問題は、「強制売春」が行なわれていたその軍慰安所が軍の設置した軍施設であり、業者に慰安婦の募集を命じたのも軍だったとすれば、はたして「強制の主語も業者です」と簡単にいって済ませることができるだろうか、という点にある。そのような場合、残念ながら、"the `comfort women' system of forced military prostitution by the Government of Japan"という表現は、事の本質を正しく表現しているのを認めざるをえないだろう。「「軍が業者の違法行為を十分取り締まらなかった」という政府の監督責任は認定される可能性があ」ることを認めておられる池田氏が、「しかし、これはホンダ決議案には書いてない話です」として否定できるのは、「軍慰安所は民間の公娼施設である」という「戦地公娼制度」論が正しい場合にのみ成り立つ話である。しかしいっぽうで、池田氏は「慰安所の運営が「軍主導」で行われていたこと」を認めてもおられる。これでは自己矛盾と言わざるをえないのではないだろうか。
”狭義の強制連行”ないしは”狭義の強制徴用”の定義を、問う、というのがこうなるとひとつのポイントになるのではないかと思うのですがいかがでしょうか。定義されないでしきりに使われている。たとえば命令系統のどのレベルだったら狭義になるのか、など。
また、「なかった派」の人たちが「組織的な(systematic)」という言葉もどういう意味で使っているのかも気になります。kmiuraさんが指摘されているように肝心な言葉が「定義しないでしきりに使われている」ように思います。
それから、一般的には慰安婦問題において「強制」≠「強制連行」です。しかし、Hiro-sanの質問「強制の証拠になるのでしょうか」においては、「強制」=「強制連行」だと思われます。
いわゆる「なかった派」の人たちの「組織的な(systematic)」も「狭義の強制連行」の場合と同様可変的で、「組織的な強制連行」の事例として出されたものよりも、さらに一つ上のレベルの指令なり命令にもとづいてなされる場合をさします。
つまり、どちらも「それでは日本軍なり政府の方針とはいえない」「それでは組織的な強制連行とはいえない」と、否定的にのみ使われるのです。だから、定義のしようがないと言えるかもしれません。
ついでですが、現時点ではいわゆる「なかった派」の人々にとって、「性奴隷」およびその原語であるは、以前に「狭義の強制連行」という言葉で理解されていたものとほぼ同じか、または同じように憎むべきシンボルとして通用しているようです。そのような理解とsex slaveの国際的に通用する理解とでは、大きく異なっていることが、Stiffmuscleさんやkmiuraさんの努力で明らかにされているのですが、いわゆる「なかった派」にとっては、とうてい理解不能だと思われます。
上に書いたことは、いわゆる「なかった派」の人の立場はこうだろうと、私が解釈したもので、それぞれ自身の言葉についての私自身の定義ではありません。
それから、「「性奴隷」およびその原語であるは」は「「性奴隷」およびその原語であるsex slaveは」が正しいので、訂正しておきます。
このトピックでまともな人間と議論になったときには「狭義」は定義ではない、ということを論証するというのがひとつのポイント、ということで私は理解しました。
慰安婦問題を議論する際に、頻出する語の定義が「可変的」-鋭いご指摘だと思います。
「なかった派」の各人が、「可変的」な定義を用い、それぞれの思惑で、こういった語を用いてるのは明らかでしょうが、彼らの間で議論が成立する自体が摩訶不思議ですね。共感以上のレベルではないってことなんでしょうか・・・