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lunakko
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Re:Re:kmiuraさんへ
kmiura さんへ
私の
1943年4月ごろにはクリスマス島の戦況は悪化して、撤退準備を開始していたと推測されます。その後、1945年1月イギリス軍が再占領した模様ですね。
に対し、あなたは、
クリスマス島は終戦(1945年8月15日)まで日本の占領下にあります。1945年4月3日まで統治者はニシムラショウジさんでした。http://www.worldstatesmen.org/Christmas_Island.html
と答えられております。
私の上記の記述は、
第二次世界大戦に入ると、島のリン鉱資源は日本の標的となった。1942年3月に島は日本軍の艦砲射撃を受け、島内では抗戦を主張するイギリス人と、降伏を主張するリン鉱労働者との意見が分かれた。
同31日の900人を超える日本兵による上陸に際して、降伏主張者はついにイギリス人5人を殺害して、島をあけ渡した。
日本軍はリン鉱の搬出を目論んだが、労働者たちのサボタージュにあい、また輸送貨物船が1943年に潜水艦の攻撃で撃沈されるなどして、同12月にはあらかた島を撤退した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%B9%E5%B3%B6_(%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%A2)
を根拠としております。
クリスマス島に関する歴史的記録はそんなに多くないのですが、現在では証拠及び証言を元に、「1943年12月には日本軍はあらかた島を撤退した。」が有力説としてあげられております。
もし、あなたが、「クリスマス島は終戦(1945年8月15日)まで日本の占領下にあります。」と主張するのであれば、証拠をください。
日本の歴史にとっても、重要な発見となることでしょう。ぜひ、学会で発表していただきたいです。
1945年4月3日まで統治者はニシムラショウジさんでした。
ではお聞きします。
統治者がニシムラショウジなる人物だとして、それでその島(地域・国)が「彼のモノ」だったのでしょうか?
政治上の統治責任者であり、彼が支配したわけではないでしょう。
日本軍の占領下においては、日本国に所属する一地域であったでしょうが、
イギリスに再占領されてしまえば、そこはイギリス領です。
現地にて別の統治者を立てるか、もしくは代官を派遣するまでは、
特に問題のある人物でもなければ、引き続き統括してもらうというのは、ごく当たり前に行われる実務処理です。
政治のトップを入替えず、当面言うこと聞かせて統制を取る方法は、ごく一般的です。
参考例を挙げておきますので、ご確認ください。
全て、あなたの引用したサイトからいけますので。
2 Sep 1945 - 28 Apr 1952 Allied occupation of Japan.
3 Sep 1945 - 26 Jun 1968 Bonin and Volcano Islands occupied by U.S.
http://www.worldstatesmen.org/Japan.htm
●Myanmar (Burma)
30 Aug 1944 - 15 Aug 1945 Heitaro Kimura (b. 1888 - d. 1948)
http://www.worldstatesmen.org/Myanmar.htm
わはは。おもしろい人ですね。
よく言われます(笑)
物価指数はある時点での物価で他の時点での物価を正規化した数値なので、残念ながら単位はありません。
しらなかったのであれば仕方がありませんが、だとしたらこれまでの議論を実はまったく理解していなかったのかもしれないと少々徒労感に駆られます。
というわけで、前の記事もちゃんと読み直してくださいね。なお、計算につかうのは現地の通貨単位の価格です。ビルマだったら”ルピー”です。
くりかえしになりますが日本の軍票・南発券は現地通貨単位で表示されます。これらさまざまな紙幣すべてを含んでの物価、ということになります。
林さんが示した物価の例に関してもそうです。lunakkoさんはなぜかルピーだったらビルマルピー、と限定されていますが、そうではないのが日本の政策でした。
問題は、市場に出ていた紙幣のどちらが基準になったか、ということです。シャツ1枚が300ルピー、と値札に書いてあるときに、南発券で300なのか、ビルマルピーで300だったのか。
私は南発券の価値の方が下落した、と判断していますが、lunakkoさんはビルマルピーが下落した、と判断しているわけですね。
では、南発券の価値の方が下落した、と判断した証拠をお見せください。
いっておきますが、クリスマス島のお話は、まさに、私の説を裏付けるものですね。
これが論点の差です。というわけで、実勢の交換レートがわからないと、それぞれの紙幣の価値、および変化がわからないので、その点をもっと知りたいなと私も思っています。
そうですか。では、クリスマス島の例をもう一度ご確認ください。
英軍の軍票を日本の軍事郵便貯金に預金できたというのは初耳です。
私も初耳です。皮肉ってわかりますか?
なお、文玉珠さんの貯金通帳によれば1945年 4月~9月の預金額は 20860円で、例の2万6000円のほとんどです。
信頼感のなくなった軍票をチップでたくさんもらったのだろう、という上のlunakkoさんの引用部に続く林さんの発言の裏づけになります。
では、誰に軍票をチップでたくさんもらったのでしょう?日本軍は撤退してますよ?そもそも、日本軍が撤退したのに文玉珠さんは残ったのですか?
お答えください。
■ 5 結論
>というわけで、ビルマでインフレがあったかどうか、という点をこれ以上追求するのは私にとっては不毛です。
あなた方が、「軍票を大量に刷り、インフレになったから慰安婦の給料が軍票700円だったけど、実際は38円だった」と言い出したのです。
改めて言いますが、物価指数の変化からインフレがあったことは明確なので、インフレがあったかどうかを以降議論するのは不毛だ、ということです。
インフレが軍票の大量発行により引き起こされたという証拠をください。
■ 6 課題
●私の説を裏付ける資料は要りませんので、「軍票を大量に刷り、インフレになった」に対する資料をお出しください。
そうですね。いずれまたやりますので。いますぐにはできません。
出せないという事ですか?
●なお、これに対する資料がなければ、「軍票がだぶついてインフレになったから慰安婦の給料が軍票700円だったけど、実際は38円だった」なんて妄想になってしまいますよ。
これはどうかな。慰安婦は軍票ルピー(南発券)で給料をもらっていた。で、その実際の価値は目減りしていた、ということがわかればいいだけです。結局、
(1) 南発券ドルとビルマ・ルピーの間の実勢交換レートはほぼ安定していたのか否か
(2) 否で有ればその経時変化を知る必要がある
ということになります。
「慰安婦が軍票ルピー(南発券)で給料をもらっており、その実際の価値は目減りしていた」という証拠をください。
■ 要望
せっかくがんばって書かれているのですが、とても読みにくいので、書き終えた後に引用譜ツールや、見出しツールをつかって少々編集してください。よろしくおねがいします。
こんなものでいいですか?
初めてなのでよくわかりません。変なところがあれば教えてください。
あなたは、3つの事例が私の説を裏付けていることを証明してくれました。しかしながら、インフレが軍票の大量発行により引き起こされたという証拠がまだありません。
●私の説を裏付ける資料は要りませんので、「軍票を大量に刷り、インフレになった」に対する資料をお出しください。
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36Re:Re:kmiuraさんへ
lunakko
2007/06/02 08:54:13
kmiura さんへ 私の 1943年4月ごろにはクリスマス島の戦況は悪化して、撤退準備を開始していたと推測されます。その後、1945年1月イギリス軍が再占領した模様ですね。 に対し、あ ...
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