インフレはあったのか(慰安婦の給料を考える) RSSフィード
 

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83lunakkolunakko   82  Re:A,B,C・・・わかりやすい"お話"でどうも

してこれは史実にもとづいたお話ですか?

あたりまえです。クリスマス島における現地通貨の価値減少例もkmiuraさんが示しておられます。

(まだ本人は気づいてないみたいですが)

1943年からいきなり1945年のラングーン陥落まで飛びますが、

1年間で1:1が1:4になったものが、

占領3年間のうちのあと2年間で、どううごいたのでしょうか?

現在知られている記述は、

By the regulation of 15 March 1943, the Burmese rupee continued to be legal tender,

as a Japanese tactic to win local support, but the rupee was inconvertible into pound sterling.

Limited amounts of (Burmese) Indian rupees were apparently accepted by the Japanese

at 4 (Burmese) Indian rupees = 1 Japanese military rupee.

(中略)

The British demonetized Japanese occupation currency on 1 May 1945.

The market exchange rate had fallen to 100 Southern Development Bank rupees = 1 Indian rupee.

http://www.globalfinancialdata.com/index.php3?action=showghoc&country_name=Myanmar

です。ご自分でご確認を

現地通貨に対する物価上昇はかなりの勢いで続いてましたね。

戦争中ですからね。

占領国交代時のドサクサのことは結構です。

占領安定期に、インフレがあったのかなかったのか。

戦時なので、供給不足からくるインフレはあったと思われます。以前の書き込みにも書いております。

安定した(lunakkoさん主張)日本軍軍票(南発券)の大量発行はなかったのか?

そもそも、南発券の製造はいつからかご存知ですか?

資料を置いておきます。ご自分でお確かめを。まさに、レートの下がりだした時期と一致します。

南方開発金庫券発行要領

    昭和十八年三月 大東亜大臣達 (1943年

    第一条 南方開発金庫券ハ左ノ通貨単位名称ノ南方

     開発金庫券(以下金庫券ト称ス)ヲ夫々ノ地区毎ニ

     発行スベシ

     「ドル」(弗)   馬来及北「ボルネオ」地区

     「ペソ」     比島地区

     「グルデン」(盾) 東印度地区

     「ルピー」(留比) 緬甸地区

     「ポンド」(磅)  濠州地区(委任統治区ヲ含ム)

    第二条 金庫券ノ発行ニ付テハ大東亜大臣ノ定ムル

     金庫券発行計画ニ拠ルベシ

    第三条 金庫券ノ種類及様式ハ外貨軍票ト同一トス

      附 則

    第十条 金庫券ノ発行ハ昭和十八年四月一日ヨリ之

     ヲ実施スベシ

    第十一条 既発行ノ外貨軍票ニ付テハ国庫ニ対スル

     整理ノ関係ヲ除キ凡テ金庫券トシテ取扱フベシ

    [図録 日本の貨幣 10 外地通貨の発行(1)より]

    主要条文抜粋

もしインフレがあったとすれば、安定した(lunakkoさん主張)日本軍軍票(南発券)の発行で、

現地通貨を吸収しインフレを止められなかったのか?それとも止めたのか?

止めれません。そもそも、戦時なので、供給不足です。

あくまで、南発券の発行は、イギリス軍票との交換用です。

よって、総貨幣価値はそれほど変化しません。お店の主人のたとえを参照してください。

あと、どんな質問がありましたっけ?

もう一度整理していただけますか?

返信2007/06/03 17:20:18