南方軍政と軍票政策 RSSフィード
 

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85nagaikazunagaikazu   62  Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:観客向けのまとめ

ni0615さんへ

 ご指摘のマニラの19年12月と20年3月の物価指数がまったく同じ数値なのは、原表のままです。

 転記する際に、私も気になったのですが、ともかくオリジナル・ソースをそのままに紹介することを優先したかったので、何らの手も加えずにそのままにしておきました。

 可能性としては、原表作成時の記載ミスだろうとは思いますが、19年9月と19年12月の間でもわずかの変動しかありませんので、あるいは実際にこの数値だったのかもしれません。

 なお、日本銀行では敗戦後すぐに特別調査室を発足させ、満洲事変以来の日本の財政金融史をまとめる作業をはじめます。その結果1948年に『満洲事変以後の財政金融史』という1000頁をこえる報告書が作成されました。監修は大内兵衛、対外金融編の執筆は阪谷芳直。この『満洲事変以後の財政金融史』にも、南方占領地における物価指数の変化表が掲載されていますが、ここでも原表のまま、マニラの19年12月と20年3月とはまったく同じです。

 これは私の想像ですが、この数値が実質的な価値0であって、これ以降は、ペソ表示南発券は物価変動にすら影響を及ばさないほどに価値が下がっていたとみるべきなのかもしれません。なお、20年1月には米軍リンガエンに上陸しております。米軍マニラ入城は2月4日、日本軍のマニラでの抵抗がやむのが、3月4日です。

 これもまた私の推測にしかすぎませんが、意地悪く考えると、あの表のもとになるデータを日銀が集めていたのは、南発券がどれほど価値下落したかをはかるためではなかったかと、思ったりします。最終的には、日本円との実勢交換レートを算出するための基礎データにするつもりではなかったのか、と。

 物価指数はそのためのデフレーターのようなもので、流通地域の物価騰貴を考慮した購買力ではかってみると、南発券の実質的価値はこの程度である、日本円と交換せざるをえないとすれば、その実勢交換レートは(当然ながら)1:1ではありえません。南発券の下落に見合ったレートになるでしょう。

 そのようにして実勢交換レートが定まれば、日本政府の南方開発金庫に対する負債(経理上は南発券の発行高は、金庫から日本政府への貸出金の扱いになります)もその実勢レートで算出されることになりますから、大きく切り下げることができます。

 それによって、円との交換性を回復しても、南方での軍票インフレの内地への影響をより穏和なものにすることができる。

 これが日銀側の考えのような気がしてなりません。それを裏づける具体的な根拠はありませんが、なぜこういうデータを日銀は残したのか、表をみながら、それを考えているうちに、以上のようなことを考えつきました。

 

 もしこれが私の妄想でなければ、この実勢レートは、慰安婦資産(例えば文さんの貯金)にもあてはめられる可能性は大きいでしょう。

返信2007/06/09 21:19:20
  • 85Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:観客向けのまとめ nagaikazunagaikazu 2007/06/09 21:19:20
    ni0615さんへ  ご指摘のマニラの19年12月と20年3月の物価指数がまったく同じ数値なのは、原表のままです。  転記する際に、私も気になったのですが、ともかくオリジナル・ソースをそのまま ...