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inuda_one
kmiuraさん
なんかトピックから少しずれてしまうのですが、素人な質問です。経済システムのモデリング(あるいは理論的解析ということですが)をする場合、過去に起きた現象を使ってモデリングが行われるのでしょうから(単なる推測ですが)、経済の理論をやる人は必然的に歴史をあるていど検証する、というようなことはならないのでしょうか。あるいは、使用される過去の例、というのはあるていど暗黙の了解があって、限られた例しか使われないのでしょうか。
私の知る限りの範囲での回答ということになってしまいますが,理論的なモデリングを行う際には過去に起きた現象よりも同時代的な問題関心が中心といえるのではないでしょうか.もちろん,そのような問題関心の中には「過去は○○だったが現在は××だ」というものも含むわけですが,それもあくまでも現在の分析を通じて過去を眺めるという意味で,過去の現象そのものに対する関心は副次的なものに留まるといえそうです.
例えば,私は疎い分野ですが,近年の日本の不況を踏まえてベースマネーの増加がなぜマネーサプライの増加につながらないのか,といった研究が盛んに行われていたと聞いています.
さらに率直に言ってしまうと,現代経済に対する含意をもたない研究は(史家を除く)経済学者の間ではアカデミックインパクトが小さく,あまり重視されないという印象があります.あくまでも印象ですが.
以上のような状況ですので,経済学者が(人文系を除く)他の学術分野と比較して特に職業的要請から歴史に対する洞察を求められるということはないと思われます.実際,大学院においても歴史系の科目が必修とされることはほとんどないはずです.結果として多くの経済学者の歴史に対する感覚は普通の人のそれと大きくは変わらないのではないでしょうか.
一例をあげておきますと,歴史的要因によって経済ないしは社会的な状況がsub-optimalなものに留まってしまうことを「経路依存性」という概念で説明することがあるのですが,その例として多くの経済学者に引用されてきた物語としてPaul Davidによる「QWERTY配列はタイプライターのアームが絡まらないように打ち難い配列として作られたが,より効率的なDvorak配列が出現して後も事実上の標準として採用されている」というものがあります.しかしこれは
http://homepage1.nifty.com/cura/oya/kb_arguments.html
によくまとめられているように歴史的には正しくない話であるようですが,残念ですがこの「神話」は今でも経済学者の間では流通している様子です.
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