4:
noharra
3
Re:法廷で何も言わなかった?
(1)については 下記の裁判で検討され有罪判決がでています。
日本の敗戦後、この事件は、バタビアで開かれたオランダ軍事法廷(BC級戦犯裁判)で裁かれました。その判決は次のとおりです。
この裁判では、オランダ人女性を強制連行し慰安婦にした将校らが裁かれ、日本は51年サンフランシスコ平和条約によってこの判決を受諾しました。
裁判資料の罪名において強制連行の事実は明確に記されており、日本政府はその内容を認めているのです。下村官房副長官も安倍首相も、国民の前で公然とウソをついていることになります。
(2)については裁判はいまだ存しないようです。これが「なかった」こと、あるいは、「強制連行ではなかった」ことを示してください。
5:
yamaki622
2
Re:あったという証拠
参考までに…
2007年4月19日(木)「しんぶん赤旗」より
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-04-19/2007041906_02_0.html
(2)と重複した内容も含まれます。
「従軍慰安婦」問題
日本軍の強制示す公文書
3点の大要(邦訳)
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林博史関東学院大学教授は十七日、外国特派員協会での記者会見で「従軍慰安婦」問題についての新資料七点を発表しました。一九四六?四八年の東京裁判でオランダ、フランス、中国の検察団が提出した尋問調書や陳述書などです。これらは、同裁判で検察陣を構成した各国の政府機関が作成し、裁判の証拠書類として採用された公文書です。「慰安婦」が日本軍によって強制的に連行され、性行為を強要されたことを示しています。
これらの資料のうち、(1)インドネシア駐留オランダ陸軍大尉の報告(2)日本陸軍中尉の宣誓証言(3)「慰安婦」を強制された女性(オランダ人)の尋問調書―の三点の大要を紹介します。
証拠書類は英文と邦訳文があり、ここで紹介するのは邦訳文です。カタカナはひらがなに、旧字体は新字体に直してあります。また適宜、改行してあります。
--------------------------------------------------------------------------------
特警隊が婦人 捕まえた
資料(1)
/オランダ印軍情報部J・N・ヘイヂブロエク陸軍大尉の報告「日本海軍占領期間中蘭領東印度西部ボルネオに於ける強制売淫行為に関する報告」(一九四六年七月五日付、インドネシア・ボルネオ島<カリマンタン>ポンティアナック)
(PD<検察側書類番号>5330/EX<法廷証拠番号>1702)
一九四三年の前半にポンチアナック海軍守備隊司令海軍少佐ウエスギ・ケイメイは日本人はインドネシヤ或は中国の婦人と親密なる関係を結ぶべからずといふ命令を発しました。当時全ての欧州婦人と事実上全ての印度系欧羅巴婦人は抑留されて居ました。
彼は同時に公式の慰安所を設立するやう命令を出しました。是等の性慰安所は二種に分類することになって居ました。即ち三ヶ所は海軍職員専用、五、六ヶ所は一般人用で其の中の一ヶ所は海軍民政部の高等官用に当てられました。
海軍職員用の性慰安所は守備隊が経営しました。司令の下に通信士官海軍大尉スガサワ・アキノリが主任として置かれ日常の事務は当直兵曹長ワタナベ・ショウジが執って居ました。
日本人と以前から関係のあった婦人達は鉄条網の張り廻らされた是等の性慰安所に強制収容されました。彼女等は特別な許可を得た場合に限り街に出ることができたのでした。慰安婦をやめる許可は守備隊司令から貰はねばなりませんでした。
海軍特別警察(特警隊)が其等の性慰安所に慰安婦を絶えず補充するやうに命令を受けていました。此の目的の為に特警隊員は街で婦人を捕へ強制的に医者の診察を受けさせた後彼等を性慰安所に入れました。是等の逮捕は主として各兵曹長によって行はれました。
一般用の性慰安所は南洋興発株式会社支配人ナワタ・ヒサカズが経営しました。守備隊司令は民政部に命じて之を監理させました。是等の慰安所に対する婦人達も亦特警隊の尽力によって集められました。
上記の報告は日本人戦犯者の訊問から得た報告と本件関係者の宣誓陳述とから輯録されたものであります。
私は上記の事実は真実に上述の報告書に相違する点のない事を情報将校及日本語通訳として誓って断言致します。
抵抗運動家の娘に強要
資料(2)/オハラ・セイダイ陸軍中尉の宣誓陳述書(一九四六年一月一三日付、インドネシア・モア島)
(PD5591/EX1794)
問 或る証人は貴方が婦女達を強姦しその婦人達は兵営へ連れて行かれ日本人達の用に供せられたと言ひましたがそれは本当ですか。
答 私は兵隊達の為に娼家を一軒設け私自身も之を利用しました。
問 婦女達はその娼家に行くことを快諾しましたか。
答 或者は快諾し或る者は快諾しませんでした。
問 幾人女がそこに居りましたか。
答 六人です。
問 その女達の中幾人が娼家に入る様に強ひられましたか。
答 五人です。
問 どうしてそれ等の婦女たちは娼家に入る様強ひられたのですか。
答 彼等は憲兵隊を攻撃した者の娘達でありました。
問 ではその婦女達は父親達のした事の罰として娼家に入る様強ひられたのですね。
答 左様です。
問 如何程の期間その女達は娼家に入れられていましたか。
答 八ヶ月間です。
問 何人位この娼家を利用しましたか。
答 二十五人です。
常に拒絶をしたが無力
資料(3)/イエ・ベールマンの尋問調書(一九四六年五月一六日付、インドネシア・ジャワ島マゲラン)
(PD5770/EX1725)
私は一般被抑留者としてムテラン収容所に抑留されました。一九四四年一月二十八日、私は吾が婦人部指導者レイツスマ夫人から日本軍俘虜収容事務所へ出頭する様にと云はれました。此処で私は爪哇(ジャワ)人の一警視を見ました。彼は私を他の六人の婦人や少女等と一緒に連れて収容所の外側にあった警察署へ連れて行った。
私達が爪哇人警視に案内されて収容所へ帰へって鞄に所持品を充めた後に其警視は私達を日本軍俘虜収容所事務所へ連れて行きました。此処で私達は三人の日本人に引渡されて三台の私有自動車でマゲランへ輸送され午後四時に到着しました。
我々はテウグランと称せられ十四の家屋から成っていた小さい収容所へ連れて行かれました。一九四四年一月二十五日、私達の収容所から連行された婦人や少女等の一団と此処で会ひました。
一九四四年二月三日、私達は再び日本人医師に依って健康診断を受けました。此間は少女達も含んで居ました。其処で私達は日本人向き娼楼に向けられるものであると聞かされました。
其日の晩に娼楼が開かれる筈でした。帰宅後ブレッカー夫人と私は凡ゆる戸や窓を閉めました。午後九時頃戸や窓を叩く音がありました。私達は戸も窓も開け、閉さしてはならぬと命ぜられました。寝室だけは戸を錠で閉して私は其処へ閉ぢ籠もりましたが他は其通りにしました。
私は是を二月五日 日曜日まで継続しました。其日にも亦日本軍兵卒等が収容所へ入って来ました(以前は日本軍将校のみでした)。是等兵士の幾らかが這入って其の中の一人は私を引張って私の室へ連れて行きました。私は一憲兵将校が入って来るまで反抗しました。
其憲兵は私達は日本人を接待しなければならない。何故かと云へば若し吾々が進んで応じないならば、居所が判っている吾々の夫が責任を問はれると私に語りました。この様に語った後、憲兵は其兵士と私とだけ残して立去りました。
其時ですらも私は尚ほ抵抗しました。然し事実上私はやられてしまいました。彼は衣服を私の身体から裂き取りました。そして私の両腕を後に捻りました。そこで私は無力となり、その後で彼は私に性交を迫りました。私は此の兵卒は誰であったか又其憲兵将校の姓名を知りません。
此の状態が三週間継続しました。労働日には娼楼は日本将校のために日曜日午後は日本下士官達のために開かれ日曜日の午前は兵卒等のために保留されました。娼家へは時々一般日本人が来ました。私は常に拒絶しましたが無効でありました。
6:
yamaki622
5
Re:Re:あったという証拠
続きです。
「強制連行」があったことを示す根拠は、けっして「慰安婦の証言だけ」ではありませんよね。
「慰安婦」強制を示す元軍人の証言(1) 入墨を入れられて
http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070529/p1
「慰安婦」強制を示す元軍人の証言(2) オオカミに食べられた慰安婦
http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070530/p1
「慰安婦」強制を示す元軍人の証言(3) 関東軍女子特殊軍属服務規定
http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070531/p1
「慰安婦」強制を示す元軍人の証言(4) 面長は自分の娘を差し出して…
http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070601/p1
「慰安婦」強制を示す元軍人の証言(5) 逃げまどった慰安婦たち
http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070602/p1
「慰安婦」強制を示す元軍人の証言(6) 2000人が集められ…
http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070603/p1
「慰安婦」強制を示す元軍人の証言(7) 見送ってくれた慰安婦
http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070604/p1
「慰安婦」強制を示す元軍人の証言(8)「人間扱いする必要はない」
http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070605/p1
「慰安婦」強制を示す元軍人の証言(9) 軍の直接管理
7:
noharra
慰安婦の南半球
さらに、注目しなければならないのは、朝鮮や台湾などの植民地と違って中国やフィリピン、マレーシヤ、インドネシアなどの交戦国や軍政下では、兵器によるむき出しの暴力や、軍事力による威圧による連行が行われたことです。中国では、本書に収録されている万愛花さんのような例、フィリピンではメレディオス・ヴァレンシアさんの例が確認できます。マレーシアでの例は林博史「マレー半島の日本軍慰安所」(世界579号)に、インドネシアは大村哲夫「『現地調達』された女性たち」(世界584号)に詳しく書かれています。
上杉聰 p212『わたしは「慰安婦」ではない』
日本、朝鮮、台湾地域出身の慰安婦に対し、それ以外のアジア太平洋地域出身の慰安婦たち。*1交戦地区であったせいもありまた民族差別のせいもあり彼女たちの人権は(朝鮮人慰安婦たち以上に)容易に侵され続けました。
「強制連行はなかった」と放言する人たちは、上記のような膨大な「強制の報告」を一切無視します。
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9:
lunakko
4
Re:Re:法廷で何も言わなかった?
(1)については 下記の裁判で検討され有罪判決がでています。
日本の敗戦後、この事件は、バタビアで開かれたオランダ軍事法廷(BC級戦犯裁判)で裁かれました。その判決は次のとおりです。
この裁判では、オランダ人女性を強制連行し慰安婦にした将校らが裁かれ、日本は51年サンフランシスコ平和条約によってこの判決を受諾しました。
裁判資料の罪名において強制連行の事実は明確に記されており、日本政府はその内容を認めているのです。下村官房副長官も安倍首相も、国民の前で公然とウソをついていることになります。
http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070403/p1
(2)については裁判はいまだ存しないようです。これが「なかった」こと、あるいは、「強制連行ではなかった」ことを示してください。
これは一個人が勝手にやったことで、裁判で裁かれてるんじゃ?
私が言っているのは、「軍が直接関与した」強制連行はなかったですよ?
軍が直接関与した強制連行があったのなら、そもそもこんな裁判起こらないでしょ?
それと、詳しく裁判の経緯が知りたいので、この件に関する裁判記録を見せてもらえますか?
軍の直接関与していない強制連行はたくさんあるのでは?
追記:掲示板を作成したあなたにお聞きしたいのですが、この掲示板の目的は、あなたたちの思想を広めることですか?それとも、たくさんある意見の中から、真実を見つけようとするのが目的ですか?私には、前者にしか見えないのです。あなた方の発言はほとんどが、結論ありきのようなので、一応聞いておきます。
10:
zames_maki
9
Re:Re:Re:法廷で何も言わなかった?
12:
zames_maki
11
Re:新しく公表された証拠の意味
lunakkoへ
>軍が命令したという命令書でもあるのですか?軍が命令したと彼が言っているのですか?(lunakko)
私の知る限りこの新しい資料の意味はここが最も詳しく説明していますね。
http://zeimusmaki.iza.ne.jp/blog/entry/168549/
すなわち、強制連行・強姦などの犯罪は末端の兵士であり上官の命令であったことを証拠採用された資料の中で述べています。訴追され有罪判決を受けたのは最高位の将軍であり、この犯罪(戦争犯罪)が日本軍の組織的な行動であり、日本軍自体に犯罪の責任があると裁判所は考えているだろう、と言うことです。
詳しい事は、次号の雑誌「戦争責任研究」に掲載されるでしょう。
13:
lunakko
12
Re:Re:新しく公表された証拠の意味
lunakkoへ
(東京裁判)では、有罪宣告された被告は東條英機以下の最高指揮官であり、個人の犯罪ではありえません。
>軍が命令したという命令書でもあるのですか?軍が命令したと彼が言っているのですか?(lunakko)
私の知る限りこの新しい資料の意味はここが最も詳しく説明していますね。
http://zeimusmaki.iza.ne.jp/blog/entry/168549/
すなわち、強制連行・強姦などの犯罪は末端の兵士であり上官の命令であったことを証拠採用された資料の中で述べています。訴追され有罪判決を受けたのは最高位の将軍であり、この犯罪(戦争犯罪)が日本軍の組織的な行動であり、日本軍自体に犯罪の責任があると裁判所は考えているだろう、と言うことです。
詳しい事は、次号の雑誌「戦争責任研究」に掲載されるでしょう。
自分のブログの宣伝してるんですか?
東京裁判を持ち出してくる時点でおかしですよ。
14:
zames_maki
13
Re:Re:Re:新しく公表された証拠の意味
lunakkoへ
>東京裁判を持ち出してくる時点でおかしですよ。事後法(lunakko)
もちろん戦争犯罪は事後法ではありません、これはマクドゥーガル報告書に記載されているコス・ユーゲンスの考え方(明文化されていなくても絶対に守るべき規範)によるもののようですね。まあ難しい事をlunakkoに書いても意味はないでしょうが。何にせよ次号の雑誌「戦争責任研究」が疑問に答えてくれるでしょう。
>自分のブログの宣伝してるんですか?
そのブログの宣伝に熱心なのはlunakkoですね。仲間が集まる自分のブログで一所懸命宣伝し、ここでも宣伝するのですか?そのブログは慰安婦問題に関しては情報が豊富で大変よいブログだと思ったので引用しました。そしてそれが私のブログか否かは秘密にしておきましょう、なぜならそうする事でlunakkoが関心を持ち続け、宣伝し続けてくれそうだからです。
17:
noharra
9
スマラン事件は軍による強制連行だ
lunakkoさん 応答が遅れ失礼しました。
「私は、強制連行があったとは思っておりません。」についてまだ維持されていますね?
これは一個人が勝手にやったことで、裁判で裁かれてるんじゃ?
私が言っているのは、「軍が直接関与した」強制連行はなかったですよ?
1)これは一個人が勝手にやったこと
ではありません。日本軍に責任があります。
基礎知識なしに論じるのはやめてください。
軍が直接関与した強制連行があったのなら、そもそもこんな裁判起こらないでしょ?
意味不明。
スラマン事件の概要はネット上にいくらもあるので参照してください。
http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-106.html 2007/07/24/Tue
2007年3月 季刊『中帰連』40号に掲載された梶村太一郎(かじむら・たいちろう)氏の文章の紹介をしている、「美しい壺日記」から以下引用します。
蘭領東印度バタビア臨時軍法会議の「スマラン事件」で懲役12年となった能崎清次陸軍中将に対する判決文原文(冒頭部分)。「判決、女王の名において!」とある。右上には「スマラン強制売春」との手書きの書き込みが見られる。1949年2月18日。
冒頭部分の画像有り。
オランダ政府はこれを契機に、膨大な史料を専門家にゆだね、九四年一月に「日本占領下蘭領東印度におけるオランダ人女性に対する強制売春に関する政府所蔵文書調査報告書」を発表した。
この資料を探されるのが良いでしょうね。
にもかかわらず、安倍首相が、いまだにこのような答弁を平気でするのは、前述の「提言」にあるように「スマラン事件」は「これは直ちに処分されており、むしろ軍による強制連行がなかったことを示すもの」とする見解によるからだ。彼が先輩の中山成彬議員ら歴史修正主義者たちによる、絵に描いたような史実の曲解を信じているからに他ならない。
ここでの「直ちに処分された」とは、東京の陸軍省俘虜管理部の小田島大佐が抑留所視察の際、たまたま娘を強制連行された親から事実を知らされ、慰安所閉鎖処置を命令したことを示すが、それだけである。このことは軍が強制連行と強制売春が違法であることを承知しており、「強制連行があった」ことの証拠にはなっても、決して「強制連行がなかったことを示す」ものではない。事実は、陸軍刑法で禁止されている強姦罪などで処罰されるべきであったのに、日本軍による関係者の処分は一切無かったのである。処罰はオランダの軍法会議で行なわれたのであった。(梶村)
(※スマラン事件では、日本軍は関係者の処罰を一切行なわなかったうえ、犯行を計画実行した能崎清次少尉を中将に昇進させ、敗戦直前には勲一等瑞宝章を授与しています。)
9)
軍の直接関与していない強制連行はたくさんあるのでは?
論点外。
3)
東京裁判を持ち出してくる時点でおかしですよ。
lunakkoさんは「日本」信者であるので、日本国の裁判所の判決にだけ権威を認めるのですね??
わたしが聞きたいのは「 私は、強制連行があったとは思っておりません。」という主張があなたの歪んだ信仰に依ってではなく、また偏狭な「証拠を出せ主義」によるチェックを通過したものだけを認めてあげようという自分勝手なルールによるのではなく、説得力を持ち得るかどうか? なのですよ。
3-2)
其憲兵は私達は日本人を接待しなければならない。何故かと云へば若し吾々が進んで応じないならば、居所が判っている吾々の夫が責任を問はれると私に語りました。この様に語った後、憲兵は其兵士と私とだけ残して立去りました。
私は、証言は補強証拠がなければ証拠にはなりえない。と言っているのです。
この件で言う補強証拠とは、
1.強制連行されたとされる慰安婦の家族や友人等の証言(つじつまの合うもの)
2.強制連行された(娘がいなくなった)時点での家族の対応を記したメモや日記、
等です。
上記陳述がlunakkoさんの厳格なルールに合格するかどうかはわかりませんが、裁判というものはべつにlunakkoルールで動いているわけではありません。
4)
なお、日本の裁判所による事実認定については例えば下記。
安倍首相が否定している『官憲による暴力的拉致(略取)』についても裁判で争われています。たとえば山西省の事例は明らかに、日本軍、あるいはその下にいる中国人警備隊が、村から女性たちを暴力的に拉致し、監禁してレイプするというケースです。石田米子氏などの現地調査によって、被害者や村人の証言が集積され、事実関係が固められていっています(『黄土の村の性暴力』創土社)。裁判では請求は棄却されていますが、被害者たちが受けた被害状況は、『官憲による暴力的拉致』の事例も含め、事実認定が行なわれています。/フィリピン『慰安婦』裁判のケースも、そのほとんどは日本軍が拉致して監禁・レイプするというケースです。吉見義明
追加:5)
裁判になって事実関係が審査された性暴力の事例
ハムニダ薫さんのエントリで、およびyamaki622さんのこのエントリでもとりあげられている事例、グアム島でアメリカの市民権を持つ現地の17才の女性を日本軍の将校が慰安婦としていた、というよりも端的に拉致監禁して常習的に強姦していたと言うべき事例で拉致を実行した在留邦人が起訴され、有罪(死刑→重労働15年)となった事例…
http://hamnidak.exblog.jp/6167961/
薫のハムニダ日記 : 「日本軍はアメリカ人女性も慰安婦にしていた」というニュース
19:
noharra
17
Re:スマラン事件は軍による強制連行だ
lunakko 『あ、もうあの掲示板には興味ないですからwがんばってくださいね。』 (2007/07/29 20:22)
撤退宣言。
20:
gunnsenngoku
16
Re:Re:理解なさっていますか?
大日本帝国と日本との違いは分かって居られるのでしょうね?
質問に対して質問で返されても困るのですが。
大日本帝国と日本国との間で、線引きをするとすれば、憲法に関してのみでしょうか。それ以外に明白な別離と言うものがあったようには感じません。一次大戦後のドイツ帝国のように帝政が崩壊したわけでも、ロシア帝国のように革命によって倒れたわけでもありませんから。あなたの仰る、大日本帝国と日本国との明確な違いと言うのはなんなのでしょうか?
また、大日本帝国も、大日本帝国陸軍も日本人、つまるところ私の直接的な祖先が関与していた組織です。気になるのは当たり前ではないでしょうか?それに、おかしなことが堂々と「事実」であるかのように語られているわけです。そのことに対して興味を持つことはおかしなことでしょうか?ちなみに、あなた方は自分たちのしていることが「ケチ」をつけることと自認しているんですね。
>自分のことのように怒る
というのは朝日やらなんやら、香山リカ辺りが好んで使いそうなテンプレですが、のちに続くのは、「政府の笠を着なければ発言も出来ないネットウヨ。ヒキコモリ」ですか?
それに、同じように言わせて貰いますと、あなたは慰安婦、要は当事者なのですか?もしそうでないならば、何故「自分のことのように怒るのですか?」自分(あなたは日本人であるとお見受けします)と、朝鮮人や支那人、フィリピンやマレー半島のみならず東南アジアに住む方々との違いを理解しておられるのでしょうか?それともあれですか?香山リカ程度の認識を借りますと、「『慰安婦』といった『被害者』を援護するという『絶対正義』、つまり、逆に『慰安婦』という『後ろ盾』がないと何も発言できない」のでしょうか?
そして、あなたのレスは私の質問の答えになっているとは到底思えないのですが、まさか、これで誠心誠意答えたとでも思ってはいませんよね?
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