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16yubiwa_2007yubiwa_2007   15  Re:Re:Re:Re:Re:控訴棄却の理由(使用者責任の認定)

 「国家無答責の原則」について補足しておきます。

 明治憲法下において「国家無答責の原則」によって、公権力行使に関わる国の不法行為についての国家責任が否定されていたといっても、それは訴訟レベルの話です。

 即ち、明治憲法下では、旧行政裁判法16条が「行政裁判所ハ損害要償ノ訴訟ヲ受理セス」と定め、当時採用されていた公法私法二元論の下では公権力行使に関わる問題は司法裁判所の管轄外とされていたため、公権力の行使に関する公務員不法行為について、その使用者たる国の損害賠償責任を追及する方法がなかったわけですが、このことは実体法レベルにおける国の損害賠償責任まで否定するものではないのです。

 「国家無答責の原則」は、あくまで訴訟レベルにおける国の不法行為責任を(その責任追及の方法を閉ざすことで)否定するものに過ぎず、実体法上の不法行為責任の発生まで否定するものではないと解されるのです。

 

 戦後補償裁判での2003年東京高裁判決がこのような見解を述べているところですし、妥当な見解だと言えると思います。

 なお、国家賠償法施行前でも、民法上の不法行為責任は当然生じえます。

 また、前に述べましたように、明治憲法下でも、国の私経済的な活動の分野、あるいは権力的作用から切り離された非権力的作用に基づく損害については、司法裁判所民法を適用して国の損害賠償責任をある程度までは認めていました。

 ところで、ノーモアさんのブログコメント欄での議論をざっと読みましたが、ebizohさんという人はかなりおかしなことを言っていますね。

 簡単に指摘しておきます。

http://d.hatena.ne.jp/nomore21/20070406/1175282909

 

彼女の証言が真実なら、日本軍人でしょう。

しかし、その場合でも、日本軍は現地での強姦などの犯罪を禁止していた以上、日本の国家責任ではなく、個人責任です。

その国家に属する国民が行った違法行為に国家責任が生ずるためには、相当の注意(due diligence)を以って侵害行為の防止に努めていなかったことが必要ですが、日本軍は上記のように相当の注意を尽くしていたのですから。

 「その国家に属する国民」とは公務員(ここでは日本軍人)のことでしょうが、民法上の使用者責任については、確かに民法の起草者は使用者自身の過失(選任・監督上の不注意)に基づく自己責任と解し、使用者が十分選任・監督上の注意をしていれば免責されると考えていたようです。

 しかしその後、報償責任(利益の存するところ損失も帰する)・危険責任(危険を支配する者が責任も負う)を根拠に、使用者責任を他人(被用者)の不法行為責任についての代位責任と解する考え方に移行することになります。

 その結果、戦前においても、選任・監督上の注意等による免責が使用者に認められたのは、判例上ごくごく僅かしかないのです。

 従って、この基準に従う限り、日本軍人による強姦行為について日本国家の使用者責任が「相当の注意を尽くしていたので」免責されると解するのは、先ずもって無理です。

 この点でのebizohさんの理解は明らかに間違いです。

>警官が制服着て犯罪を犯したら賠償責任を負うのは国家ですよね?

それは、第二次大戦後、国家賠償法が制定され、かつ、警察官の職務の外形を有していれば国家賠償責任が生ずるとした最高裁判例の確立後の話です。

それ以前は、大審院判例によって、国家無答責の法理が警察や軍などの権力的作用については貫徹されていたので、あくまで警察官個人が賠償責任を負い、国家は負いませんでした。

 今日でも公務員個人は(国や公共団体から求償されることはあっても)被害者に直接の賠償責任を負うことは原則としてないとされていますが、それはともかく、前述のように国家無答責の法理によって国家責任が否定されるのは訴訟レベルの話に過ぎないのであって、実体法レベルの責任まで否定されるわけではないということに注意する必要があるでしょう。

まず、国際法レベルでは、第二次大戦当時は国家責任については過失責任主義が主流だったので、そもそも軍人の権限逸脱行為については国家責任が生じていません。現代でも無過失責任主義は国連条約草案の段階であり、実定法化していないし慣習法化もしていません。多くの国が反対しているので、しばらくは無理でしょうし、仮に慣習法化実定法化したとしても、法の不遡及の原則により、適用されるのは法化以後の行為についてのみです。

また、国内法レベルでも、現代でもまだ国家の無過失責任主義は認められておらず(立法化されない限り無理でしょう)、外形標準説が判例によって導入された段階にとどまります。もちろん、法の不遡及の原則によって、現代の規範第二次大戦当時には適用できません。

 外形標準説が適用されるのは取引行為的不法行為の場合についてで、ここで問題になっている事実行為的不法行為の場合には適用されないとされていますが、それはともかく、民法上の使用者責任は、形式上、建前上は過失責任主義であっても、代位責任と解することで、戦前において既に実質的には無過失責任に近い運用がなされています。

 国家賠償法も通説は国や公共団体の責任について代位責任論を採っています。

返信2007/05/31 19:40:50
  • 16Re:Re:Re:Re:Re:控訴棄却の理由(使用者責任の認定) yubiwa_2007yubiwa_2007 2007/05/31 19:40:50
     「国家無答責の原則」について補足しておきます。  明治憲法下において「国家無答責の原則」によって、公権力行使に関わる国の不法行為についての国家責任が否定されていたといっても、それは訴訟レベルの ...