研究者とは誰か RSSフィード
 

| 日記一覧 | 掲示板 | トピックツリー | キーワード | About |

18takeo1219jptakeo1219jp   16  Re:Re:Re:Re:誤解が生じる理由

nagaikazuさん、お返事ありがとうございます。

なお、投稿14の「ヴェトナム戦争ではフランス軍アメリカ軍も」の記述は、フランス軍に関してはインドシナ戦争ですので、誤りです。「ヴェトナムではフランス軍アメリカ軍も」と訂正いたします。自分から苦言を呈しておきながら間違うとは恥ずかしい。

以下のように言うべきであったということですね。了解いたしました。

たしかに人身売買と強制売春は、古今東西をとわず、世界中のいたるところにあります。しかし、国家機関がその構成員のための福利厚生施設として、性欲処理施設を設置し、そこで強制売春をおこなった、あるいは強制売春がおこなわれるのを容認していたというケースは、どこにでもあるものではありません。

僭越な指摘に対応下さり、ありがとうございます。より適切な表現だと思います。

 それで、これは細かいことなのですが、「移動野戦慰安所」の原語は何だったのでしょうか。この場合、原語というのは、フランス軍の使った名称(フランス語)とそれをSusan Brownmillerがどのような英語に訳したのか(英語)に両方をさしています。mobile comfort stationだとは思えないのですが。

申し訳ありませんが、原典に当たっているわけではないのでわかりません。

機会があれば調べたいと思います。尚、フランスインターナショナルヘラルドトリビューンのサイトに次のような記述がありましたので、参考として紹介します(情報源http://en.wikipedia.org/wiki/Bordels_Mobile_de_Campagne)。

http://www.iht.com/bin/print_ipub.php?file=/articles/2004/04/01/edpringle_ed3_.php

There were also two "bordels mobiles de campagne," French mobile field brothels, with 18 Algerian and Vietnamese girls. When the siege ended, the puritan Vietminh sent the Vietnamese girls and their madame for "re-education," as happened to Saigon bar girls after 1975.

赤色の太字がフランス語、黒色の太字がそれに該当する英訳だと思います。ひどい意訳になりますが、移動戦場売春宿といったところでしょうか。(戦場の訳は通例battlefieldのため。)

なお、スーザン=ブラウンミラーの翻訳本は原著から5章割愛された抄訳本になっていますので、ご承知おき下さい。

 それから比較ということですと、一般的に言って、軍隊売春業との関係は、以下のように類型化できます。

1.民間の売春業を規制する風俗警察権は一般の文民警察あるいは行政官庁に所属し、軍隊の構成員は一般の利用者と同じように私人として利用する。風俗行政の方針として公娼制がとられる場合も、とられない場合もある。

2.軍管理売春:民間の売春業を規制する風俗警察権の全部または一部を軍が行使するケース。営業の許認可のほか、いちばん重要なのは性病検査を軍が実施する。また、軍隊の構成員に対して軍が使用する売春施設を指定し、それ以外の売春施設の利用を禁止する。アメリカなどで見られたケース。

3.軍制の一部にくりいれられたケース:軍の編制内に性欲処理施設をとりこんでしまったケース。軍営売春といってもよい。この場合性欲処理施設は民間の施設ではなくて、軍の施設となる。よって、性欲処理施設に対する軍の風俗行政権は一般の行政的警察権ではなくて、軍の内部に作用する軍事指揮権の一端(軍事警察権)となる。

 このケースは、性欲処理施設の運営を民間の業者に委託する場合と、軍が直営する場合とにわかれる。

 日本軍においても、1933年に熱河で混成第14旅団がとったのは、2の軍管理売春でしたが、日中戦争期になると、3のケースが主となります。ナチスドイツは占領地では2と3を併用していたようですね。お示しのフランス軍の「移動野戦慰安所」はたぶん3だと思いますが、そのあとのベトナム戦争時のアメリカ軍の場合は、2だと思うのですが、いかがでしょうか。

分類のご教授、ありがとうございます。

僕もまだ不勉強でして断言し得ないのですが、ヴェトナムにおけるフランス軍米軍のケースともに3であるように思います。スーザン=ブラウンミラーの翻訳書から続きを紹介します。

アーネットのみるところ(私は同意していないが)、性的便宜施設という点ではアメリカ陸軍のほうが海兵隊より「進歩」していた。一九六六年には、中央高原地帯のアン・ケに駐留する第一騎兵師団サイゴン北方四○キロのライ・ケに駐留する第一歩兵師団、さらにはプレイク省に駐留する第四歩兵師団のそれぞれの基地周辺には、すでに正規の軍慰安所が設置されていたという(124)。

 第一歩兵師団第三旅団の基地に付属するライ・ケの「レクリエーションエリア」は面積約四○○○平方メートル、周囲には有刺鉄線をはりめぐらされ、ゲートには憲兵が立っていた。保安上、出入りが許されるのは日中の明るい間だけで、構内にはホットドッグハンバーガー、みやげ物などの売店もあったが、兵士たちの目当ては長さ三○メートルほどの細長い二棟のコンクリートバラック――旅団を構成する四○○○人の兵士にサービスを提供する軍慰安所――にあった。どちらの棟にもバーが二ヵ所と楽団の演奏用ステージが一ヵ所、そしてカーテンで仕切られた小部屋が六○室あり、ここにヴェトナム女性が住み込みで働いていた。

 小部屋には薄いマットレスを敷いただけの粗末なベッドが置かれ、壁の一方には着替えの服をかけておくための釘が一本。反対側の壁には『プレイボーイ』の見開きのページのヌード写真が、兵士の気をそそるように飾られていた。このライ・ケのレクリエーションセンターの女性たちは、派手なメーキャップに大きく膨らませた髪をスプレーで固め、アメリカ兵の好みに合わせてシリコンでバストを豊かにしている者も大勢いた。アーネットによれば、彼女たちのサービスは「手早くストレートで、いつも同じだった」。米兵は一回ごとに五○○ピアストル(米ドルで二ドルに相当)支払う。代金は必ずピアストルで支払われ、女性の手元に残るのは一回につき二○○ピアストルで、残りはさまざまな段階での支払いにあてられた。一日に八-一○回仕事をすれば、女性たちは客である兵士よりも多くの収入を手にすることができたとアーネットは言う(自由企業とは言いがたいのに、おもしろい説明をしてくれるものだ)。

 ここで働いているのは、戦争で家や家族を失った難民や、もともとサイゴン水商売をしていた女性たちだった。彼女たちは省知事の指示で集められ、ライ・ケ市長の指示によって町へ送り込まれた(二人は相応の分け前を受け取っていた)。こうした人員の調達や料金の取り決めなどの仕事をヴェトナム民間人に委ねた上で、アメリカ軍部は衛生面と安全保障面の管理統制を受けもった。「女性たちは毎週、衛生兵によって性病検査と消毒を受けていた」とアーネットは肯定的な口ぶりで話した。

 陸軍基地内の慰安所(「罪の都」「ディズニーランド」「ブーム・ブーム・パーラー」などと呼ばれた)は師団長である陸軍少将の裁量で設置され、大佐クラスの旅団長の直接監督下におかれた。ヴェトナムにおける米軍慰安所が、陸軍参謀総長ウィリアム・C・ウェストモーランド、サイゴンの米大使館および米国防総省の三者の了承のもとに成り立っていたことは明白である(125)。

(124)詳細については、Charles Winick and Paul M.Kinsie, The Lively Commerce, Chicago: Quadrangle, 1971, pp.245-267. Stuart H. Loory, Defeated: Inside America's Military Machine, New York: Random House, 1973, pp.214-234も参照のこと。

(125)戦争中、軍慰安所の存在は報道記者たちの避けて通りたがる厄介な問題だった。この問題を扱った数少ない例としては、"U.S.Army Retreats, Allows Prostitutes on Vietnam Base"(UPI), Washington Post, Jan.24, 1972を参照。

スーザン=ブラウンミラー「レイプ・踏みにじられた意志」幾島幸子 訳 勁草書房 2000 pp.122-123

返信2007/04/30 21:06:37
  • 18Re:Re:Re:Re:誤解が生じる理由 takeo1219jptakeo1219jp 2007/04/30 21:06:37
    nagaikazuさん、お返事ありがとうございます。 なお、投稿14の「ヴェトナム戦争ではフランス軍もアメリカ軍も」の記述は、フランス軍に関してはインドシナ戦争ですので、誤りです。「ヴェトナムで ...