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2008-05-18

カール・ヨネダ『アメリカ情報兵の日記』(part 3) カール・ヨネダ『アメリカ一情報兵の日記』(part 3) - Stiffmuscle@ianhu を含むブックマーク はてなブックマーク - カール・ヨネダ『アメリカ一情報兵の日記』(part 3) - Stiffmuscle@ianhu カール・ヨネダ『アメリカ一情報兵の日記』(part 3) - Stiffmuscle@ianhu のブックマークコメント


八月六-三十一日(OWIレド本部)

・・・

 八月二十七日は日曜日。茶園の丘の上に建っているインド人所有の美しいバンガローで、OWIスタッフピクニック。午前中は、ヴァレーボールにバッドミントン。汗を流すため裏に流れている川で水泳。数名の第二〇陸軍病院看護婦も川の中にいたが、向こうは将校でこちらは下士官、迂闊に声はかけられない。但し、昼食中に私たちのテーブルにきて会話に加わる看護婦もいた。戦争のことなんか忘れた日曜日だった。


(中略)


 忘れないうちに書いておきたいのは、八月三日、ミチナで捕まった朝鮮慰安婦二一名に関することだ。彼女たちは直ちにレド基地拘留所に空送され、皮膚病などの治療を受けた。そして尋問役は依地軍曹。彼は二週間にわたって彼女たちを1人づつ詳細に調べ、膨大な報告書を作って本部に提出し、「極秘」のスタンプが押された。ところが、本部文官はおろか、基地司令部の将校まで「ちょっと読ませてくれ」と大評判になった。もしも印刷して発行したらベストセラーになり、依地は大金持ちになれるぞ、と冷かす声があがった。


カール・ヨネダ『アメリカ情報兵士の日記』、PMC出版、1989年109~110ページ。

九月一-三十日(OWIレド本部)

 連合軍は、破竹の勢いでバーモやカーサを目指して南進し、随行する日系情報兵も忙しい。俘虜は主に傷病兵で、即時尋問してレドに空送し治療を受けさせる。そのあと私たちが時間をかけて詳しく尋問をする。同じことを繰り返すようだが、時々神経心理戦に参考になることを発見する。日本の兵士は、何の目的ビルマあたりまできて戦争をしているかを知らない。このことを教えるために、どのように伝単を書いたらよいかを考える。

 九月の最初の伝単は、ミチナから部下を見捨てて逃げ出した無責任大隊指揮官に関するもので、題は「丸山大佐いずこに」である。「日本軍の勇士よ、諸君が丸山大佐を見たら“ミチナに無援の古墳と化した戦友の英霊に対してなんと申訳をするか?”“ミチナの川向ふナンタローに取り残された病傷患者をどうした?”と聞け。丸山大佐の如き指揮官は彼一人だろうか?」勿論、切腹をするための短刀の挿絵をビラの中に入れた。


カール・ヨネダ『アメリカ情報兵士の日記』、PMC出版、1989年、110ページ。

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