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47macskamacska   41  Re:なぜmacskaは批判されるか(その7)

zames_makiさん:

全体として、どうやらmacskaは自分のブログで書いたのは読売新聞批判であって、VAWW-NETジャパンの批判は意図する所ではないと言いたいらしい。

 それは、間違いです。わたしはそんなこと一言も言っていません。あのエントリはVAWW-NETジャパンに対する批判であり、読売新聞批判ではありません。しかし、わたしがVAWW-NETジャパンを批判する目的が、あなたの思っているものとは全然違うのです。

 あなたは、わたしがVAWW-NETジャパンを批判したことをもって、わたしが歴史に無知であると言いました。しかし、わたしはVAWW-NETジャパン歴史認識を批判しているのではないのです。逆に、VAWW-NETジャパンと同じ歴史認識を当たり前の前提、すなわち常識としたうえで、読売新聞社説に対する対応を間違えたことを批判しているのです。

 わたしの批判が妥当であるかどうかについては、この掲示板に書き込んでいるあなた以外の人はわたしに同意してくださっているようですが、あなたには異論があるかもしれません。それならそうで、「macskaはVAWW-NETジャパンの声明文はおかしいと言うが、おかしくない、なぜなら〜」と議論すれば良いのです。しかし、わたしの批判がどういうものかも分からずに、無知だとか馬鹿だとか中傷するのは議論とは呼びません。単なる嫌がらせです。

しかし彼がブログで書いた記事はやはり問題だ。ここでの言い訳を読んでも結局、macskaはVAWW-NETジャパン批判をやめないし、問題のブログも削除していない。そして自分のこの問題に関する無知・無理解を認めていない。

 無理解なのは、あなたの方です。わたしは一度も「VAWW-NETジャパンを批判していない」とは言っていません。「歴史認識においてはVAWW-NETジャパンに賛成だが、読売新聞への対応についてはやり方がおかしい」というのが、はじめから一貫したわたしの指摘です。このことは、最初のエントリ本文を読んだだけで、あなた以外の人は全員理解しています。

あの文章を読んで「そうだ日本政府は責任を取れ!」と他人が考えるだろうか?

 ですから、あの文章は日本政府の責任を認めていない人に対して、「日本政府は責任を取るべきだ」と説得するために書かれた文章ではありません。あれは、「日本政府は責任を取るべきだ」と思っている読者を対象に、その目的を達成するためにはこうしましょう、と呼びかける文章です。

(確認:私はmacskaの文章は積極的なVAWW-NETジャパン批判であって読売新聞批判など少しもないと読んだし、弁解を読んだ今もそう読める)

 あの文章は、VAWW-NETジャパン批判です。その点は間違いありません。読売新聞社説は、わざわざ批判するまでもなく間違った歴史修正主義であることを前提として書いています。

ブログは新聞記事よりはるかに読み難く、その内容は伝わり難い。あんな文章を書いて彼の言う真意が伝わると思う方が間違いだ。

 わたしの意見に賛成の人も反対の人も含めて、わたしの真意はあなた以外の人全員に正しく伝わっています。それなのに、これだけ繰り返し説明を受けても「あなただけに」理解が不可能なのは、あなたの頭がおかしいからとしか言いようがありません。

 ですが、百歩譲ってわたしの文章は「意図は良いが、真意が伝わり難い文章」だったとしましょう。わたしがVAWW-NETジャパンを批判したのは、あの声明文がまさに「意図は良いが、真意が伝わり難い文章」だからです。もしそうした理由でわたしがVAWW-NETジャパンを批判するのが間違いであるならば、あなたがわたしを批判する正当性もないことになります。つまり、あなたの言動全てが矛盾ということになりますから、あなたはそれこそ間違いを認めて削除すべきでしょう。

macskaは自己ブログhttp://macska.org/article/209)で自分が読売新聞社説を批判しているつもりらしいが、はたしてこの文章をどう読よめば読売新聞批判と読めるのだろうか?

 勝手に「〜しているつもりらしい」とでっちあげないでください。わたしの意図は再三説明していますし、あなた以外の全員誰も誤読していません。混乱しているのはあなただけです。

結局このmacskaのブログの中には読売新聞を批判する部分はない。

 そうです、それは常識の範囲内なので、とくに批判していません。が、あなた以外の全員は、あれを読んで「macskaは読売新聞の主張は間違いであるという認識を前提にしている」と理解しています。

また逆にVAWW-NETジャパンの抗議文は本来的には正しいという主旨の文章はmacskaブログにはない。

 「この抗議方法では、読売新聞を利してしまう」と批判したわけですから、抗議すること自体が正しいことは前提に含まれています。そして、あなた以外の人は全員それをきちんと読み取っています。それがわからないのは、あなただけです。

これらをあわせれば、結局macskaがしているのはVAWW-NETジャパンネット批判「だけ」でしかない。

 そうです。なぜなら、わたしは「2008年の今焦点にすべきなのは、慰安婦が強制だったか否か証明する事ではなく、それを日本の犯罪と認めた上で、日本人がどう行動すべきか、なんと発言すべきか、という事」だというあなたの意見に同意しているので、VAWW-NETジャパンが日本人としてどう行動すべきか、なんと発言すべきかということを問題としているのです。慰安婦が強制だったか否かなんて、少なくともわたしは論点として取り上げていません。

VAWW-NETジャパンを支持する者が「バカな声明」と書くだろうか?

●運動を支持し慰安婦問題の解決を望む者が「とかいう団体」と書くだろうか?

 書いたんだから仕方がないでしょう。

慰安婦に関し日本政府を批判しようという者が、明らかな歴史修正主義者である読売新聞批判より、運動団体であるVAWW-NETジャパン批判を「なぜ」優先させるのだろうか?

 その応えは、コメント欄で山口一男さんに応えて既に述べています。すなわち、運動団体であるVAWW-NETジャパンの出した声明文は良くも悪くもさまざまなところで紹介され、慰安婦問題で日本政府の責任を追求する側の代表的な意見として受け取られるので、読売新聞社説について声明を発表するならば、慰安婦問題についてあまり知らない人が読んでも誰もが「読売新聞おかしいぞ」と思うような、効果のある抗議声明を出して欲しかったのです。

 もちろん、わたしが自分で読売新聞を批判することだってできます。しかし、わたし個人が読売新聞の主張を完璧に論破したとしても、どれだけ影響力があるでしょうか。ところがVAWW-NETジャパンの声明にはマスコミが注目しますし、論争のどちらの側の人もそれを「日本政府の責任を追求する側を代表する意見」として扱います。そんなに影響力のある大事な声明において、読売新聞詭弁をみすみす見逃すような失態は、決して見過ごせることではありません。

 わたしの批判の内容そのものについては、賛否両論あるかもしれません。それは、いくらでも議論すれば良いと思います。しかし、あなたはそもそもわたしの批判をまったく分かっていない。しかも、わたしが特別難しいことを書いているのだったり、分かりにくい書き方をしているのであればともかく、他の人全員がすぐに理解できたくらい簡単かつ分かりやすい書き方をしているのに、それでもあなただけは理解できないらしい。話になりません。

macskaがここで、自分のブログので文意はこうでしたと書くのは勝手だ。しかしこれだけの証拠があってそういう事をなおも書くのは本質的にただの自己弁護の詭弁に過ぎない。

 「なおも書く」と言いますが、あなたはわたしが何を言っているのか、一度たりとも正確に理解していません。あなた以外の人は、全員最初から完全に理解しています。

もし大変な熱意で私に反論する気持ちがあるのなら、どうして文意をはっきりさせることに熱意を振り向けないのか?、つまり問題のブログを削除しないのだろうか。

 なぜ、世界中でただ一人あなただけが理解できないからといって、削除しなければいけないのでしょうか。

macskaのしているのは完全な歴史修正主義擁護である。読売新聞慰安婦強制連行は組織の問題か、個人の犯罪かを問うており、そうした問いにmacskaはなんら疑問を感じていない。

 「疑問を感じていない」どころか、デタラメだとはっきり書いているでしょ。どうしてこうわたしの主張を正反対に決めつけるのか。

 次からは、「macskaの主張はこうだ」とか「macskaはこう言う」と書くときは、必ず該当する箇所を引用してお願いします。存在しない発言や主張をでっちあげて叩いてみせるのは、いい加減にしてください。

読売新聞のしているのは、事件を矮小化したり相対化する明らかな歴史修正主義であり、慰安婦への犯罪が組織か個人かという読売の主張に乗る事自体が、そうした歴史修正主義的言辞を流通させることになる。VAWW-NETジャパンネットは当然これを理解していて読売の馬鹿な議論には乗らなかった。

 読売新聞の主張を正確に理解して、それのどこが間違いかを指摘することは、あなたに言わせれば歴史修正主義の擁護になるわけですね。すなわち、歴史修正主義者の主張は歪曲して無根拠に叩くのが正しいと。

 あなたがそういう考えなのは分かりましたが、わたしは賛成できません。

macskaのしているのはドイツで言えば「ホロコーストはあったかもしれない、だがアウシュビッツの焼却炉の能力は少ないのでは?従って全体で600万人というホロコーストというのは怪しいのでは?」という雑誌マルコポーロに掲載された歴史修正主義の記事を一生懸命宣伝するのと同じだということだ。

 たとえば、次のような議論があったとしましょう。

A:ホロコーストはあったかもしれない。だが600万人という犠牲者の数は怪しいのでは?

B:ホロコーストはあったのです!

 これでは議論になっていません。

 Bの言っていることは、正しいか間違っているかというと、正しいでしょう。しかし、Aの主張にきちんと反論しているとは言えません。

 ここに、ホロコーストの被害についてよく知らないCという人がいたとします。Cは、Aの主張を読んで、それが正しいのかどうかよく判断できません。ところが、ホロコーストの史実を残す会みたいな団体の代表者としてBが登場し、上のような主張をしたのを聞いたら、Cはどう思うでしょうか。「Aの主張は正しいのかどうかよく分からなかったけれども、反対の立場に立つはずのBがきちんと反論しないところをみると、Aは当たっているのかもしれない」。結果として、中途半端な「抗議声明」は、歴史修正主義を側面から支援してしまうのです。

 読売新聞VAWW-NETジャパンのやり取りも、次のようにまとめられます。

Y:軍人による慰安婦への強制はあったかもしれない。だが組織的な関与はなかったのでは?

V:軍人による慰安婦への強制はあった!

 ホロコーストの例と同様、VはYにきちんと反論していません。ここにもし、慰安婦問題についてよく知らないCという人がいたとして、Yの主張を読んだだけではそれが正しいかよく判断できなかったとしても、Vがわざわざ中途半端な「抗議声明」をしてしまったために、「Vがきちんと反論しないということは、Yは当たっているのかもしれない」という印象を与えてしまったのです。

 わたしの意見に賛成でも反対でも良いですが、まずは他の人と同じ程度にはきちんと理解してください。

返信2008/08/03 20:30:10