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yubiwa_2007
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Re:Re:今日のニュースから
Apemanさん、こんにちは。先日のオフ会ではどうも。
この判決によって、少なくとも中国の被害者に対しては日本は個人補償義務を負わないということが(国内的には)確定したわけです。
これは、今回の最高裁判決の理解としては正しくないと思います。
サンフランシスコ講和条約の枠組みにおける請求権放棄の趣旨が,上記のように請求権の問題を事後的個別的な民事裁判上の権利行使による解決にゆだねるのを避けるという点にあることにかんがみると,ここでいう請求権の「放棄」とは,請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではなく,当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせるにとどまるものと解するのが相当である。
この「請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではなく,当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせるにとどまる」の意味ですが、一般的に債権の効力は、弱いものから順に、給付保持力、訴求力、執行力という段階があると言われています。
給付保持力とは任意に給付されたものを受け取って保持する権利(債務者から返還請求を受けることのない権利)のことで、訴求力とは判決手続で実体法上の権利の存否を判定してもらえる権利のことで、執行力とはその確定判決の内容を強制執行によって実現できる権利のことです。
今回、最高裁は、個人請求権は国際条約によって執行力はおろか訴求力までも失われたのだが、「請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではなく」と述べていることから、給付保持力については認めたと読めるのです。
この給付保持力すらないとなると、これまでの戦後補償等で和解で被害者に支払われたものまで、債務がないのに弁済がなされたとして、不当利得返還請求を受けることになりかねませんが、それはないということです。
また、この給付保持力しかない債権は「自然債務」とも呼ばれ、強制執行によって実現可能な「法律債務」と区別されます。
このような給付保持力しかない債権が存在することは、カフェー丸玉女給事件という戦前の有名な大審院の判決以来、認められているのです。
つまり、債権者は裁判所という公権力の手を借りて債権を実現することまではできないが、非常に弱い形で債権自体はあり、債務者は自分の財産を差し押さえられるなどの強制執行をされることはないものの、債務を履行する義務が完全にないわけではなく、少なくとも道義的な履行義務ぐらいはある、ということです。
従って、「中国の被害者に対しては日本は個人補償義務を負わないということが(国内的には)確定した」と言い切ることまではできません。
むしろ、今後も補償を拒み続ければ、少なくとも道義的な責任は免れないはずです。
また、今後の戦後補償裁判でも、裁判所は終局判決によって解決することはできなくても和解あっせんのイニシアを持つことは十分可能なのです。
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13Re:Re:今日のニュースから
yubiwa_2007
2007/05/01 16:12:34
Apemanさん、こんにちは。先日のオフ会ではどうも。 この判決によって、少なくとも中国の被害者に対しては日本は個人補償義務を負わないということが(国内的には)確定したわけです。 ...
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