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noharra
裁判の言葉
裁判の言葉たちは信じられないほどやせ細っている。
(1)裁判提訴が闘争の問題点を闘争現場を越える広い場へ拡大し、その波動を闘争現場へ還流させうる時には意味がある。(ただし、現在の裁判制度や裁判官の良心を無批判的に信頼して勝訴を期待するのは論外であり、結果的に勝つためにもこれは鉄則である。)
(2)
略
(3)大学闘争とよばれるものの特性の中でこの項目と関連するものを指摘すると、問題点をとらえる方法自体の情況性や自らの関わり方を問題点に繰り込まざるをえない構造に出会ってしまうことと、発端の問題点を追求する過程が新たな問題点を作りだしていくことである。従って、発端のレベルで裁判提訴に意味があるかどうかを固定的に判断するのではなく、裁判提訴を媒介~逆用して何を作りだしていくかということを常に構想している必要がある。この場合、波及効果の範囲を事件の幅だけでなく、可能な限り広く深い領域との関連で構想し、成果を開示していくことが望ましい。
10年を費やして最高裁から「NON」という一言を貰うためなら、わたしの人生とは何だったのか? いままでに数千人(以上)の人たちがそう自問した。
その問いに対する答え(へのきっかけ)が上記にあるかもと思い、突然だが引用した。
追記:上記「裁判提訴への提起」全文は下記にあります。
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