日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。 『ドイツ・イデオロギー』
070627

南方占領地における軍票価値の下落
http://ianhu.g.hatena.ne.jp/nagaikazu/20070624
私だけではなくて、某辺境の地のハフさんも大喜びなデータ。再掲していていただいたみたいで、申し訳ありません。
inuda_oneさんが解説してくれたけど、一方で、これって経済学の格好のモデルなんじゃないか、と思ったりしました。ラングーンはともかくも、シンガポールはデータが揃っているし、数字としてはっきりしているし、他の統計も比較的容易に得られる。経済学が科学的になるとしたら(といった瞬間に殴られるのは分かっているけど・・・って、ほんとに昔物理的に殴られました。こりていません。)、この手のサンプリングにあるんじゃないかなあ、と思います。
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経済学が科学的になるとしたら(といった瞬間に殴られるのは分かっているけど・・・って、ほんとに昔物理的に殴られました。こりていません。)
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殴った人は心にやましいことがあったのだと思います。:-)
「何が科学か」という問いは哲学的になりすぎるので置いておくとして、「経済学が科学たりえるのか」という問いは多くの経済学者が普段から自問していることだと思います((もちろんアカデミックディシプリンを防衛する為に外部に向かってはおおっぴらには言いません。))。そしてその問いから逃れる為に過度に(と思える)数理化を進めてきたというのが現在の主流派経済学の歴史だと思います。
なのでデータを突っ込むモデルは割りあいいろいろと整備されていたりします。そして現在の問題はむしろ、経済学ではそのようなモデルを弄びすぎて本質を見失っているのではないか、という点ではないかなぁと考えています。そしてこのような問題意識もまた多くの経済学者に共有されていると信じています。その意味で経済学者は自らの行為についてとても「自虐的」です。一流ジャーナルに一流経済学者の経済学に対する不信感の表明が載ることも少なくありません。
とはいえ私は経済学の将来について楽観的です。それは方法論に対する経済学者の貪欲さに起因しています。経済学者の多く((僭越ながら私も含まれています。))は分析の役に立つならば他の分野の道具・手法を取り込むことにためらいません((そして時に鰯を捌くためにチェーンソーを振り回すこともあります。))。そしてそのようなカルチャーこそが主流派経済学の数少ない規範の一つであると考えています。であれば歩みは遅くとも確実に「科学」への道を歩んでくれるものと信じています。
余談が過ぎた感もありますのでこのあたりで失礼いたします。掲示板の方もだいぶ落ち着いたようですので、私はまたROMに戻ってゆっくりしようかと考えております。
渡邉聡 - 「政策研究におけるミクロ・データの重要性を考える」
http://www.policyspace.com/2004/04/post_273.php
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社会科学分野における計量分析手法の研究が急速に進展するにつれて、さまざまな研究テーマでその分析手法が応用され、政策的有効性をもつ数多くのアウトプットが提供されてきた。経済学の分野においても計量経済学が実証分析手段として重要な役割を果たし、少なからず諸外国とりわけアメリカにおいて政策評価やその形成に貢献してきたと考えられる。
日本においても計量経済学としてだけではなく、統計学、多変量解析、データ解析などさまざまなネーミングで、各研究領域における手法科目として浸透してきた。しかしながらこれらの分析手法が日本での政策研究やその評価に十分に生かされてきたかといえば、その答えは決して肯定的なものばかりではないように思える。それは計量分析科目としての日本における教育内容が諸外国のレベルにくらべ劣っているわけではなく、現在の日本が実証研究に耐えうるデータとりわけミクロ・データを保有していないことに原因があるのではないかと考える。
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解説ありがとうございます。
インフレの件では大変お世話になりました。まだまとめなども書いていないのですが、お待ちいただければ幸いです。ROMしていていただけるならば、心強いかぎりです。またいつでも気軽にコメントしてください。
gachapinfanさん
こんにちは。こちらでは初めてですね。おもしろいエッセイの紹介ありがとうございます。生理学の実験だと、特殊な状況にサンプルを置いて反応を測定する、ということがよくあるのですが、戦時経済なんてその最たるものなんじゃないかな、と思ったりします。まあ、状況がコントロールされていないので、同時に記録してあるべきデータは他にもいろいろあって大変なんだろうけれど。