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2008-05-17

カール・ヨネダ『アメリカ情報兵の日記』(part 2) カール・ヨネダ『アメリカ一情報兵の日記』(part 2) - Stiffmuscle@ianhu を含むブックマーク はてなブックマーク - カール・ヨネダ『アメリカ一情報兵の日記』(part 2) - Stiffmuscle@ianhu カール・ヨネダ『アメリカ一情報兵の日記』(part 2) - Stiffmuscle@ianhu のブックマークコメント


八月三日 木曜日 朝雨・午後晴天

 朝起きて「ミチナは陥落したか」と戦友に聞くと、「まだだ。今、掃討中だ」と答える。ジープに飛び乗ってミチナに行く。町は死臭におおわれている。銃声が途絶え安心したのか二羽の禿鷹が空高く旋回しており、数羽のカラスがカー、カーと鳴いている。

 トレンチ(塹壕)というトレンチには日本兵死体が重なり合っている。ある者は砲弾の炸裂で即死、ある者は機関銃の的となり、あるものは手榴弾自殺している*1

ミチナを守備した日本軍将兵は、“皇国のために”命を捧げた。彼らの指揮官である丸山大佐は、特別強固につくられた個人用居室壕で風呂をとり慰安婦の給仕で食をとり、己の安全が危険となるや部下を捨てて後方に遁走した。彼の上司である龍兵団の水上少将は、数日前ミチナの市外で自殺した。(以下略


カール・ヨネダ『アメリカ情報兵士の日記』、PMC出版、1989年、98ページ。

*1:「ミチナにおける日本軍守備隊の最高時での数は4600名。イラワジ河を筏で下ったり、渡河して生きのびた者はわずか600名であった。」(チャン著『ビルマ‐その秘話』) *引用者注:チャン著の該当英語文はのちほど引用します

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