元「慰安婦」の証言を検証する RSSフィード
 

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20olinolin   19  Re:Re:Re:Re:Re:Re:まず、この発言を検証しなくちゃねw

>あなたがおっしゃる「証拠がない」というのは、「黄錦周さんの証言を裏付ける証拠がない」という意味でしょ?

それ以前に、はっきり申し上げて「自分がここにいるのが証拠だ」という人間の証言に、

何の根拠があると思うのか、歴史学に携わる人間ならば、なぜそこをまず考えないのか、

私としては不思議でなりません。

例えばどのような証言をといわれましても、こちらとしてはなんともいいようがありませんね。

逆にお尋ねしたいのですが、彼女の今の証言はどれなのでしょうか?

>「19歳の時、学校を卒業する25日前に日本軍に慰安婦にされた」(TBSここがヘンだよ日本人」)

>「生活は貧しく12歳の時100円で売られてソウルの金持ちの家で小間使い。1938年 に威興南道ハムン郡で女

中をしていた時にその家の娘の身代わりとなって満州に連行され慰安婦となる」(「従軍慰安婦と戦後補償 高木健一」)

>「威興の女学校在学中の17歳の時1939年に国民徴用令で動員され軍需工場に行くと思っていたが着いた所は吉林の慰安所だった」(朝日新聞 1995年

>「村の班長(日本人)に『一家に一人は行かなくては』と脅かされ、1941年朝鮮を離れたが、到着した場所は、慰安所だった。」(元日本軍「慰安婦」の証言を聞く集会)

>「17歳のとき、日本人の村の指導者の妻が、未婚の朝鮮人少女全員に、日本軍の工場に働きに行くように命じ、私は労働者として徴用されたのだと思った。」 (国連経済社会理事会クマラスワミ報告

>「14歳のとき、いわゆる「処女供出」で満州に連行され、皇軍兵士の道具にされた。」 (黄錦周さんの証言を聞く会 東京大学にて)

wikiソースで恐縮ですが

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E9%8C%A6%E5%91%A8#.E8.A8.BC.E8.A8.80.E3.81.AE.E6.95.B0.E3.80.85

いずれにしても、これだけ証言が変わる人間の話が、どこまで信頼できるのかといえば、

私はまったく信用できないと思いますがね。

返信2007/06/09 16:56:32